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京都・寺町商店街にあるお店 mumokuteki さんで、お茶の試飲販売会を開催しました。そのリポートです。 とても大きなお店ですからご存知の方も多いかもしれません。そんなところにペーペーの私が出入させていただけるようになったのは、何よりもまず長岡京市にあるB型就労継続支援事業所「バスハウス」の藤田さんと出会ったから。そして彼がmumokutekiの社員さんと引き合わせてくださったのです。 バスハウスさんでは素材までしっかりとこだわったお菓子づくりをきっちりとなさっておられます。お世辞抜きに、ちゃんとおいしいクッキーが私のお気に入りです。 もっとさかのぼれば、藤田さんとの出会いは「乾物屋スモール」の大坪さんが繋いでくださったのです。もっとさかのぼれば…とキリがありません。いやはや! /// 何はともあれ、mumokutekiの社員さんたちは、いつも僕の話をきっちりと聞いてくださいます。お忙しいなかでも作り手・伝え手の思いを受け止めようと前のめりになって耳を傾けてくださるんですよ。 そういうなかで、僕だけでなく、ぜひ日本茶の生産者と直接つながってほしいという気持ちが湧いてきました。 誰よりも先に思い浮かんだのは、滋賀県政所の山形さんのこと。そもそも彼女のことは、写真にある飯田辰彦さんの著書「日本茶の『発生』」を読んだことがきっかけで知るに至りました。 同書のなかで彼女は、彗星のごとく危機に瀕した茶産地に現れ、その地域ブランドの復活のためまい進する地域おこし協力隊だというふうに紹介されています。著者・飯田さんの、温かな期待の眼差しを強く感じる内容で、私も「すごい人だなあ」とはじめは

小さい子のいる親が急須を買いたくなるキョウイク的な話

近所に住んでいる妹と姪が、うちに遊びに来ました。 1歳の姪は急須でお茶を淹れたことがないようなので、先日ウチの仲間入りをした急須くんに登場いただくことに。 見るや否や、「こわい」と一言! えっ!怖い? …たしかにそれは自然な反応かもしれません。見方によっては、急須くんは付喪神(つくもがみ)のようにも見えてくる。でも付喪神は、古い古い道具につくはずだし、急須くんはまだ10回くらいしかお茶を淹れたことがない新米です。 なにはともあれ、姪の手取り足取り、びびられながら一緒に番茶を淹れてみました。危なっかしい手つき。それでも新しいことにチャレンジしていることへの、彼女の心の浮きたちを何となく感じます。 それを見ていて思ったこと。 急須は、子どもが触る道具として、優れた特徴を備えているのです。 慣れた人でしたら、特に何も考えずにお茶を淹れることができますよね。慣れた人と、はじめて急須に触る人との間にある差を考えたのです。 たくさんありますよ。これを読めば、小さい子どもがいる親御さんは、ただちに5000円札を握りしめて近所の道具店へ駆け込むことでしょう。心してご覧くださいね。 /// 1. なんだこれ? 急須は左右非対称ですし、独特の形状をしていますね。子どもにとっては、なかなかヘンテコな造形に見えるのではないでしょうか。とりあえず触ってみたくなります。フタをあけたり、指をつっこんだり。 2. パリーン! 磁器のポットでも同じですが、急須は床に落としたり机に打ちつけたりしたら、欠けたり、まっぷたつに割れたりします。これは、子どもにはよいこと。それは、子どものまわりには安全なプラスチック製品

新しいことへのお誘い。本と茶と、あなた。

こんばんは。 今日は、新しくはじまる取り組みへのお誘いをしたくて、記事を書きました。 単刀直入に。 これを読んで下さっているあなたのために、すてきな本と日本茶をセレクトしてご紹介します。 島本町の「Cafe La Vieしまもと」でお会いしませんか? モニターとなってくださる方を探しています。 選書・選茶にかかる費用は、いりません。 /// 事の発端は今年の6月末。 地元・島本町で私が入り浸っている「Cafe La Vie しまもと」で開催したイベント「本の人 茶の人」です。 阪急水無瀬駅前にある長谷川書店で書店員として働いている私の従兄弟・岡村翔平さんと一緒になって、「本を読むときに飲みたいお茶、そしてお茶を飲むときに読みたい本」をテーマにいくつかの本とお茶を集まった方々とお話しながらプレゼンテーションしました。 ※トップ写真の左が翔平くん。大切な親戚です。右が私。 私の心を完全に射抜いた翔平くんの選書のひとつに、谷川俊太郎さんの詩を土台にし、岡本よしろうさんが絵を担当した「生きる」 がありました。 彼はこの本を取り出して「お茶みたいな本だから、持ってきました」と言いました。 そこにある日常を描き言葉にしているだけなのに、ずしりと響いてくる重みがある。ふだんは意識しないことなのに、正面から向き合ってみれば、とてつもない役割を暮らしのなかに担っていることがわかる。だけれども、普段はそっと暮らしのなかにひっそりと息づいている。 本で描かれる家族の一日、「生きる」という営みのなかに、僕は確かに「茶」の精神をみましたし、彼が言わんとすることを言葉ではなく本という表現手段で感じ取りまし

急須は子どものものである。

こんな急須があるのを見つけました。 なんでも、ペットボトル消費により下火になってしまった急須使いを「日本のおもてなし」として東京オリンピックを機にもう一度リバイバルさせようという取り組みの一環なんだそうです。国の助成を受けた事業のようですね。 → 「淹れよう日本茶プロジェクト」http://www.welcomecha.jp/ ※せっかくおもしろいビデオなのに、再生回数がぜんぜん伸びていないのが悲しいです 私は、「日本のおもてなし」というコンセプトそのものには首をかしげますし、東京オリンピック誘致も個人的には反対という立場でおります。 おもてなしは日本の専売特許ではなく、外国を旅すれば誰でもわかることですが、気を遣わせず親切にしてくれる人というのはどこにいってもいるものです。オリンピックはともかくお金を使いすぎだし、ボランティアに関する国の態度は問題を抱えています。 とはいうものの… この急須はおもしろいし、急須に代わる淹れ方を提案していくというよりは、江戸期から続く急須でのお茶淹れに何が何でも固執している様は、がんこで好きです。ほかに飛びつきにくい、業界的な事情もあるでしょうけれど。 3歳の娘にこの「急須くん」のウェブサイトを見せたところ、はじめ「要らん」と言っていたのに、その日の夕方には「やっぱり欲しい」と言い出しました。 すでに急須でお茶を淹れられる娘ですが、これを買ってあげたらどんな顔するだろう…と、それだけのために、内緒で注文しました。 子どもに急須を買うとどうなるか、ご覧ください。 そして、いいなあと思ったら、別に「急須くん」じゃなくてもいいので、ひとつでいいからシ

それは、誰のお茶

私には、3歳の娘と1歳の息子がいます。 娘は0歳のころから茶産地をまわる旅を一緒にすることも多く、いなかの人々の優しさと食事のおいしさ、そして家にいるときよりちょっと優しくなる親の雰囲気を楽しんでいます。 ・ とくに1歳になる直前に熊本と宮崎をまわる長い旅をしたときには、九州の豊かな食材のおいしさに開眼したらしく、以来たくさん食べるようになりました。 それよりも前から、お茶は大好き。白湯のかわりにはじめて三年番茶を与えたところ、湯のみ1杯ぶんを一気のみしてしまった逸話もあります。それ以来、三年番茶を売るときの売り文句のひとつになっています。 話題は少し逸れますが、皆さんはお茶を飲むときにどんなことを判断基準にしていますか?それはおそらく、茶種ではないかと思うのです。 「今朝は食パンだから紅茶にしようかな」とか「今日の夕食は親戚の小さい子たちが来るから、飲みやすい番茶をわかしておこう」なんていうふうに。 私の娘の場合、判断基準は「誰のお茶か」です。「お茶飲むか?」と聞けば「蓮ちゃんのお茶がいい」とか「梶原さんのみどりのお茶」といったように、作った人を軸に選んでいるようなのです。 個人的に、その感覚は持ち続けてほしいと思っています。なぜなら今の世の中、誰がつくったものなのかわからない代物にあふれているから。そういうものが信用ならないと言いたいのではなく、単にそのほうがおいしく感じませんか。 スーパーで何気なく買った野菜と、親が畑でつくって送ってきた野菜。仮にその二つが全く同じものであったとしても、恐らく親に恨みでもなければ後者がおいしいと感じるのではないでしょうか。 それは五感とは

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