検索

2番目のお茶

7月27日の土曜日は、宝塚の「ソリオdeマルシェ」にはじめて出店しました。 宝塚歌劇団の劇場横が会場なので、終演と同時に帰宅する方の波がどおっと押し寄せてびっくり。前回宝塚に来たのは大学生のとき。ほぼ10年くらい前ですが今の妻と「ベルサイユのばら」を観劇しに行ったのでした。 さて宝塚でも初めてお会いするお客さまたちといろいろなお話が。 そのなかのひとつをご紹介します。 --- 年配の女性がいらっしゃいました。仰るには、「茶粥にするお茶はありますか。いつも袋に番茶を入れて米と一緒に煮てつくるんです」。 茶粥は奈良で親しまれている印象が強いので、「奈良にお住まいですか?」と伺いました。するとこの女性ご自身はそうではなかったのですが、お姉さんが数年前まで奈良にいらっしゃったのだという話。 お姉さんは毎年新茶の時期になれば、自家用のお茶を摘んできて釜で炒り、ムシロで揉んでまた炒って、それを何度か繰り返したのち天日干しをして乾燥させ、そうして飲む直前に軽く焙じたそうです。 「そういうお茶が毎年郵便で届いて、それを楽しみにしていた。茶粥にして食べるのが好き」とお話をしてくださいました。 続けて「姉が数年前に亡くなりました。もうそのお茶も飲めません。だからいろんなところでお茶を買うけど、あのお茶のようなものに出会えない。ここにはありますか?」とお尋ねになったのです。釜炒りで、天日干し。どちらも今ではマイナーと言わざるを得ない工程です。一般的には、蒸して、機械乾燥するのです。 そういうお茶で販売用に製造されているものはおそらく極めて珍しいだろうと思いますが、たまたま私は山添村の栢下さんから「釜

人口知能の時代と日本茶 ② 茶農家とお茶屋の仕事

前回の記事では、Standart Japan - Issue 9 の記事「人口知能の時代にコーヒー焙煎家は必要か?」(大山崎 COFFEE ROASTERS 中村佳太さん)の内容をまとめました。 ----- 焙煎という行為、そして飲むという行為の双方から検討すると、本質的に人の焙煎とAIの焙煎は異なっているものだということがわかる。だからコーヒー焙煎家は、ただ機械的に操作するだけではない限り、これからも必要だ。そのほうが人を笑顔にするのだから。 ----- こうした中村さんの着想をもとに、2つの問いについて思いました。 1. 人工知能の時代に、人が製茶することは必要か? 2. 人口知能の時代に、お茶屋は必要か? 1. 人工知能の時代に、人が製茶することは必要か? 「コーヒー焙煎家」を「人の手による製茶」に置き換えて考えてみましょう。 これまでに各地の製造現場をいくつも見てきましたが、とりわけ規模の小さな加工場では使用されている機械の多くが古く、そもそも自動化されている工程はほとんどないのが現状です。生産者は機械に付きっきりで複数のロットを同時に管理します。 温度設定などの細やかなコツ(企業秘密)を、チョークで機械に書き込んでおり、「これはブログで写らないようにしてね」なんて言われることもしばし。 またある生産者には、「もし補助金が出るとすれば、これらの機械を多機能な最新機種に更新したいと思いますか?」と聞いたことがあります。その答えは、「いいえ。むしろ人の五感が生きるシンプルな機械でなければ、お茶づくりの感覚は養えません」でした。 一定以上の規模で操業しているところであれば、小

人口知能の時代と日本茶 ① 考えの下準備

人口知能(Artificial Intelligence = AI)の時代。日本茶がどのようなかかわりを持つのかを少し考えました。 ことの発端は、スペシャルティコーヒー文化を伝えるインディペンデントマガジン「Standart Japan - Issue 9」。ここに、私の家からそんなに遠くないところでコーヒー焙煎所を開いておられる 大山崎 COFFEE ROASTERS の中村佳太さんが寄稿していたのです。 ※記事はふたつに分けます。この記事では中村さんの主張を私なりに簡単にまとめました。次の記事で、人工知能とお茶屋の関わりを考えたいと思います。 ... さてその記事のテーマは「人口知能の時代にコーヒー焙煎家は必要か?」。 まずコーヒー焙煎の手順を確認したうえで、焙煎という行為について心理学の観点から述べられています。ポイントは2点。 ・人は、焙煎を構成する、温度や湿度、原料の状態など複合的条件の「まとまり」をなんとなく把握してコーヒー豆を焙煎している。 ・そして仮にAIが膨大なデータ蓄積から「まとまり」を把握し、焙煎することが出来たとしても、人間の持つ感覚とは異なるものになる。 一方で、飲む人たちの「おいしい」という感覚からについても論考が進みます。ポイントはこちら。 ・人は化学的分析に基づく成分構成からコーヒーをおいしいと感じるのではなく、あらゆる条件の総和以上のまとまりから判断を行っている。(体調や心理状態、過去の経験なども関わる)だから、「おいしさ」は人により異なるのはもちろん、個人においても絶対的ではない。 これらを踏まえて中村さんは、「人工知能の時代にも焙煎家は必要

何も言わない一歳の女の子と話を

今日は京都で出店しました。 一歳の女の子とお母さんが来てくれました。ちょうどそのとき焙じ茶を淹れていたので、「どうぞ」と試飲してもらいました。女の子もコクリと一口。 そのときはそれでお別れしたのですが、3時間ほどして帰ってきてくれました。 「この子、うちのお茶じゃだめって言ってて。お茶屋さんのが飲みたいって言うんですよ」 そこでもう一回満田さんの焙じ茶を淹れて、ピッチャーと器を渡して、離れた席でゆっくりしてもらいました。お母さんは代金を払うと言ったけど、その子の気持ちが嬉しかったから、お金はもらっていません。 一歳の子がお茶を飲みたいという気持ちを、お金と引き換えにしたくなかったのです。私は生業としてやっていますから、その点は賛否があるかもしれません。(最終的には、ドライフルーツを買ってくださいましたが) 子どもはすぐに気が変わるから、最後までその子が飲んだのかわかりません。でも空っぽになったピッチャーがしばらくして戻ってきました。 口数少ない子でしたが、お茶をしっかり選り好みして、ある意味では雄弁というべきでしょう。去り際に少しだけはにかんで、ぺこっとお辞儀してくれました。 たぶん、お茶という垣根のない言葉でお話をしたのです。 その子は冷房のきいた館内で体があったまっただろうし、私はあたたかい気持ちになりました。子どもの無邪気さが、あれこれ心配ばかりしている私の気持ちを晴らしてくれます。 してやれることは、おいしいお茶を用意して、待って、飲みたいと言われたらハイハイどうぞって淹れてあげることくらい。 それに対して時に彼らが返してくれる、目に見えず計ることもできないのにやたらと

"とりあえず" やってみたら3年目になった話

とりあえずやってみて、続けたらそれなりになる。 赤裸々な話をします。 17年に起業してから、3回目の新茶の時期を終えました。思うことを、自分の記録としても残しておこうと思います。 そして、何かをはじめてみたいけれどどうすれば?なんて思っているどこかの誰かにとって、ほんの少しでも「へえ」と思える話になればいいなと願っています。 --- 急須で飲むのが当たり前の家で育ち、祖父母の家でもそうでした。 転機となったのは2014年の秋。そのときのことは、この記事に書いています。 祖父の故郷へ行き、そこで田舎のお茶に出会いました。トップの写真にある、徳島県つるぎ町です。それ以来、本腰を入れてお茶のことにのめりこむようになりました。 でも、そうなるには素地があったのです。今日はその話を。 --- 私は、そのころ就いていた仕事を辞めたくて、どうしようもありませんでした。 夜中に目が覚め、闇雲に求人情報を閲覧しては「辞めるなんて、そんなわけにはいかないよな。お金はどうするんだ。結婚したばかりなのに」と携帯の電源を切り、朝が来るまでの短い眠りに落ちる。 当時は、妻と京都市で暮らしていました。お茶には何の関係もない、ちょっとお堅い仕事。そんなとき、お茶は「辞めたい」という思考が「転職先」という形で常に行き着く逃げ場でした。 「ひょっとして、これって仕事にできないのかな」なんて、適当なことを考え始めます。その気持ちの半分は、当時の仕事が嫌で逃げたかったから。 「お茶のために!」なんて、純朴で美しい心意気だけがあったわけではありません。だからまず知ってほしいです。 崇高なミッションとか、世間をあっと言わ

© 2015-2020 by にほんちゃギャラリーおかむら