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花園座。あなたのこと、ずっと知ってました。

こんなこともあるんだなという話です。 このたび、「山都紅茶」は人気により売り切れたのですが、生産者の岩永智子さんから別ロットの在来種でつくった紅茶を送っていただけることになりました。 その名も「山都紅茶 花園座」です。 淹れたときの甘い香りは極上としか言えません。ぜいたくな時間をどうぞ。 さて今日書きたいのはそのおいしさではなくて…このお茶との出会いです。 「花園座」の名は、この茶畑に明治~昭和初期まで存続していた750人収容の大きな劇場「花園座」に由来しています。今は名残もなく、智子さんがお父さんから継いだ茶畑があるのみ。 よくある話なのですが、農家の茶畑はひとつに固まっている訳ではありません。家の近くに点在していたり、別な町にあったりします。そのため畑ひとつひとつに名前がないと、どこの話をしているのかわからなくなってしまいます!そこで、今回紹介する畑はかつての名所にちなんで「花園座」と呼ばれているのです。 花園座茶園は今年の初夏にご案内いただきました。在来種が植わっており、芽吹いているもの、まだじっとしているもの、いろいろでした。いかにも在来種。 そして旅から帰ってからというもの、なんとなくモヤモヤが残りました。「あの花園座という場所、なんか知ってる気がする…」 そうだ!それは3年前にさかのぼります。私が家族を連れて、初めて熊本と宮崎の茶農家を訪ねてまわったときのこと。八代の船本さん、芦北の梶原さん、水俣の松本さんと天野さん、そして五ヶ瀬の宮崎さんをお訪ねしました。 その道すがら、確か水俣から北上して五ヶ瀬に向かうときだったと思うのですが…まさしくこの「花園座」が見える交差

新しい取り組みの予告 / 援農

読んでほしいです 新しい取り組みについて /// フライング気味ですが、映画の予告編のような気分でお読みください。シェアしてくれたらうれしいです。 当店はこれまでお茶を仕入れ、仕入れ元の農家の話はお客様に聞かれずともしつこくコレデモカと伝えつづけ、そして最後に茶葉を売るということを3年ほど続けてきました。(ときどき話し過ぎてお客様が引いちゃうこともあります) このこと自体は、これからもずっと続けたいと思っています。決して楽ではありませんが素敵なご縁にたくさん恵まれて楽しく過ごしてきました。 一方で、私がいくらその活動をしていても、いくらたくさん仕入れてお金を茶農家たちに払うことが出来たとしても、彼らの日々の暮らしのしんどいところを直接的にフォローすることにはなりません。いくらお金があったしても、ひとりひとりの農家のお茶に対する想いは、必ずしもお金が支えになるとは限らないのです。 お茶をつくるということは、農業です。この農業を根底にして、茶が演出するあらゆる文化的営みが発展し、茶を利用したあらゆる営利的事業は数多生まれています。だから、流通する茶の殆どは茶という植物をテーマに、農家が「自然と人の英知」の調和を探り継続している農業を根本としていることを、無視してはならないと考えています。さらにお茶は、製茶という多様化した工程を経て、ほとんどの場合は乾物として私たちのもとに届きます。 私たちの生命と活力の源である「農」と直接・間接を問わず無縁のままに生きながらえることの出来る人間は、地球上にただ一人も居ないでしょう。 否、お茶がなくても死にはしないとお思いかもしれません。しかし私の命

阿蘇のお茶 終売

こんにちは。 今回は、さみしいお知らせです。 2017年12月からのお付き合いだった、熊本県阿蘇市の東昌史さんが代表を務める「畠中製茶工場」さん。茶工場の稼働、茶栽培、販売業のすべてを完全に終えられました。当店では先日まで在庫を保っておりましたが、このたび売り切れをもって東さんのお茶は終売となります。 実際には3月末をもって事業を完全に終了しておられます。まず何よりも、東さんとお母さんはそれぞれ変わらずお元気でいらっしゃいますのでその点はご安心を。 この件は、ほぼ半年経ったいま、ようやくここでも書こうと思えるようになりました。 --- 東さんの茶業は、母方のおじいさんから。おじいさんは地元農協の「いまどきどうして煎茶をやらないのか」という製造指導には聞く耳持たず、昔ながらのクラシックなお茶づくりを、古い機械を丁寧に管理維持して昌史さんの代に至るまで継続してこられました。 自園の茶畑だけではなく、周辺地域から茶葉の持ち込みを受け付けて加工を行うことも非常に大切な業務。 胸につかえずにすっと飲める香り高いお茶。とりわけ、2018年に製造された在来種の釜炒り茶は、私がいままでに飲んだことのある日本の釜炒り茶でずば抜けておいしいものでした。何度淹れても味わいのバランスが変わらなかったのです。 しかし…それほどの高いクオリティのお茶を作ることができる人でも、こうして事業を畳まねばならない場合があることを思い知りました。 熊本・大分県を襲った大規模な地震の影響などによる持ち込み茶葉の減少など、事業終了には様々な理由があったことを伺っています。そのひとつひとつを詳らかにすることは、ここではし

満田久樹さんにお会いしてきました。 「日野荒茶」「日野焙じ茶」を当店に送ってくださっている、滋賀県日野町の茶農家です。 もうこのブログでも何度も書いた方ではありますが、彼のことを少し。 3代目の茶農家で、お父さんから継いで以来、無農薬有機栽培を続けています。また関西の単一農家としては最大規模の在来茶樹を守っている農家で、素朴な昔ながらの口当たりがするお茶を大切につくっています。 また自身も市場から茶を仕入れて販売する茶商でもあり、さらに各種コンテストの審査に携わったり、茶葉の委託加工を請け負って製造したりと、とにかく多彩な活動をまじめに続けている方。 --- 今回の訪問は、以前からお茶の販売でもお世話になっている乾物屋スモールの大坪まど佳さんと一緒でした。 そもそものはじまりは「満田さんのところの草刈りをしに行きたいね」とお話していたこと。そのままなんだかんだで行けず時間が経ってしまっていたところ…まど佳さんの「行こう!」が鶴の一声になり、8月30日に行ってきました。 さて生憎の雨模様。強く降ったりやんだりしながらすっきりしない一日です。とはいえせっかく来たのだから!と、ご自宅前の畑に入っていきます。 満田さんのところの場合、1町2反の茶畑を3人ほどで管理。温かく雨量のある時期は、茶畑に生えてくる草の勢いは圧倒的です。年間で5回くらいは同じところの草刈りをしなければ茶畑は維持できないという話でした。 ひとつは畝間に生える草。これは草刈り機を使って対応します。 もうひとつが茶樹に絡みながら伸びてくるツル性の植物です。ヘクソカズラ、クズ、そしてヤブガラシなど。手作業で畝からバリバリ

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