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  • 岡村友章

い、ろ、は。


12月6日。

今までに何度か茶園を訪ねましたが、はじめて妻と娘も同行した一日。

奈良県 山辺郡 山添村。

山あいにポツンと現れる小集落は、都市よりずっと早く静かな冬に包まれようとしていました。

ここに住まうのが、僕がずっと愛飲しているお茶「いろは」の生産者。

栢下(かやした)裕規さんとそのご家族。

栢下さんは、大阪府枚方市出身の若き農家。

農業を志し、伊賀などで数年間の研修を積み

2012年にこの地へ移住しました。

お茶だけでなく野菜の栽培も学び、

今も両方を手掛ける活躍ぶり。

彼が得意とするのは、熊野地方に伝わる

天日干しの釜炒り茶。

あるお茶屋の紹介がきっかけで、

その製法を知るに至ったそうです。

本場の熊野でも、このお茶を生業として

生活する人はたった2人。

伝承は、熊野から離れたこの奈良で

再び根を張り、芽をつけ、育とうとしています。

栢下さんが山添村に茶畑を借りた際、住むところが未定でした。

「しばらくテント暮らしも、仕方ないかあと思っていました」とは、奥さまの談。

「仕方ないかあ」と、のんびりと仰るのですが、

そこを止む無しと割り切れるタフさにびっくりしました。

しかし、ある日土地の方と知り合ったのをきっかけに、

とんとん拍子で話が進み、空き屋だった古民家を借りました。

ここを今も少しづつ改修しながら、授かった子どもと共に暮らしておられるのです。

写真にも写っている娘さん。のびのび、大きくなっている様子でした。

お茶のことを「ちゃっこ」と呼び、自分で急須に入ったお茶を注ぎます。

自然とお茶に馴染んでいる。「嗜好品」というよりは、暮らしに当たり前にあるものとしてお茶と関わる。

僕がやりたいことです。

この写真は、2年前に定植したという自宅裏の樹。

「来年には、摘めると思う」と語る栢下さん。とても楽しみに思っているのが伝わってきます。

栢下さんのお茶づくりには、農薬も、また肥料すらも使いません。

余計なことはせず、樹に任せています。

茶が大地から吸い上げた自然の養分・ミネラルを基にした、豊かな滋味。ほっこりくつろげる香り。

それが栢下さんのお茶です。

通常は、一番茶のあとに二番茶、三番茶等と収穫し商品化します。

しかし栢下さんは一番茶を摘むほか、一番茶の前に整枝もかねて刈り取る「春番茶」を作るのみ。

ちょっとだけまとめます。

◎農薬は使わない。

 茶の樹のみならず、周辺の環境循環をできるだけ邪魔しません。

 結果、微生物から昆虫までがバランスを保ち、茶樹もその循環のなかで元気に活動します。

◎肥料は投入しない。

 ときに作為的な味わいを生んでしまう肥料。

 これを取り払うことで、山がもたらす土地の味と、茶樹が生み出す香りを引き出します。

◎刈り取りは、最小限。

 年に何度も刈り取って商品化する場合も多いなか、栢下さんは

 一番茶のまえに刈り取る「晩茶」と、春に摘み取る「一番茶」のみ作ります。

 茶樹の体力を可能な限り温存することが、無農薬・無肥料の実践を可能にしているのでしょう。

これらを、さも当然のように実践する栢下さん。

さて、茶工場を覗いてみました。

この筒状の機械は、台湾製のドラム式釜炒り機です。

ここで生葉を高温で炒る行程を「殺青(さっせい)」といい、

茶葉の酸化酵素の働きをストップさせる大切な作業です。

温度管理と炒る時間は、気を遣います。

お客さんの反応も参考にしながら、栢下さんは毎年の行程管理を微妙に調整しています。

栢下さんが管理するいくつかの畑のうち、最も大きなところへお邪魔しました。

ここに植わっているのは、「やぶきた」という国内で最も普及した品種です。

国内生産量のほとんどが、このやぶきたです。

栢下さんは、この畑を前の耕作者から引き継ぎ、復活させました。

奥さんによれば、前の生産者が丁寧に管理していたおかげで、

雑草も生えにくく、手入れしやすい状態が保てています。

それにしても、茶樹が立ち並ぶ姿はきれいです。

子どもの背丈ほどしかないのですが、小さな子だと隠れてしまって

探すのが大変だ…と思いました。「茶畑でかくれんぼ」してみたいな。

同じ畑のてっぺんから、伊賀盆地を望みます。

ここで、ご夫妻は立ち働き、あたたかく家庭を築いておられるのです。

それだけでもう、心がいっぱいになる僕です。

この風景と、家族の営み。

これを単に「エコな暮らし」とか、「里山で脱サラ定住生活」などという言葉で

括ってしまいがちなところに、都市の住民の盲点があると思っています。

とまれ、そんなとげとげした議論は脇にやって…

栢下さんのお茶に戻ってみましょう。

これが、栢下さんの作るお茶、「いろは」。

摘んだ茶葉を一晩寝かせて、

釜炒り機で殺青。

揉捻という、茶葉を揉む工程を経て、

天日で乾燥させます。

最後に高温で焙煎し、完成します。

ざらざらとした感じ。

否応なく、香ばしそうな気配がします。

熱湯で1分ほど、さっと淹れてみます。

お茶を淹れるのに、むずかしいことなんて

なにもないのです。

香ばしくて、懐かしい。

「いろは」は、そんなお茶です。

太陽でからからに乾いた

藁のなかにうずもれながら、

秋風に吹かれる感じ。

あるいは、残暑厳しいころ、

夕方の西日を背中に感じながら

田んぼ道を歩く感じ。

身を置いたことのない

懐かしい風景に立ち戻る。

「いろは」は、僕にとってそんなお茶です。

現在は、いろはのほかにも「ひふみ」と名を冠した天日釜炒り晩茶や、

茶の花のかおりをつけた「花いろは」、

台湾製焙煎機を使用して丁寧に仕上げた「烘焙いろは」を揃えておられます。

にほんちゃギャラリーおかむらは、現在茶葉を販売してはおりませんが、いつか…。

でもご安心を。栢下さんのお茶は、直接買い求めることができます。

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みとちゃ農園 栢下さん

mitocha.nara@gmail.com

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最後に、栢下さんのこと。

車で畑をご案内いただく途中、山道でふと車を降り、

斜面の上のほうを指さされました。

そこはおそらく放棄茶園で、遠目に見たところ枝葉がよく伸びた畑。

「ここも、来年から借りるんです」と栢下さん。

そう言うために車を道に停めて、そのことだけを教えてくれました。

何事も無かったかのように車に再び乗って、山道を行く。

僕は、そのとき栢下さんがちいさく笑顔を見せられたことが、とても嬉しかったのです。

彼はとても穏やかで、口数もどちらかというと少ない方。

黙々と作業をこなすタイプの方だと、数度お会いしただけですが、そう感じています。

でも、彼のなかには、やりたいことがたくさん。

来年から摘める新品種の取り組みを語る際もまた、内からしみでるような笑みをこぼしていました。

物静かな佇まいの裏に、ふつふつと湧くような向上心。

傍らには、ほがらかで楽しい奥さん。1歳とすこしの、娘さんも。

僕は、この一家のファンになってしまいました。

奈良の山あいで、こんな豊かな暮らしをされている方々がいると知っただけでも、

なんだか嬉しいのです。

ぼくは、栢下さんのお茶が飲めたらそれでイイとは思いません。

この一家が暮らしている土地のこと。家族の営みのこと。

そうした環境に包まれたお茶を感じたいのです。

そうして、自分たちの暮らしを考えるきっかけになればと…思っています。

い。

ろ。

は。

栢下さんの暮らしは、ひとつひとつ数えるようにして、豊かに温かく。

広がりを見せはじめています。

#奈良 #釜炒り

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