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  • 岡村友章

お茶が服を脱ぐ。


「裸のお茶なんやで」

そう言われて、茶の味が変わりました。

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滋賀県甲賀市信楽町、朝宮。

最澄が仙禅寺に茶種を播いたのが事のはじまりとされる、国内最古の茶どころのひとつへ。

朝宮の地で茶業を営む、北田園の北田耕平さん(74)にお会いしました。

もともと武家だった北田家が刀を置き、

茶農家としての営みを始めたのは推定して江戸時代。

初代園主は「北田かんべえ(漢字不詳)」さんだったので、

当初の屋号は「マルカン」でした。〇の中に「勘」。

長い時を経て、耕平さんはカンベエさんから数えて第4あるいは5代目にあたります。

なんと彼の弟さんが、僕と同じ島本町に在住なのだと知りました。

しかもけっこう近所…なんとなんと…これを「茶縁」といいます。

耕平さんのご子息も北田園で就農しており、

若さ・創意工夫で、これからの朝宮をけん引する存在だと聞いています。

朝宮に点在する圃場のうち、ひとつにお連れ頂きました。

ここに植わっているのは、すべて「やぶきた」種。

昭和に爆発的普及をみた品種で、国内で商業栽培されるお茶のうち9割以上を独占しています。

農薬は限定的にしか使わず、昔から比較するとガツンと減ったようです。

そもそも農薬はコストがかなりかさみ、散布するだけでも相当の作業量であるだけでなく、

益虫までも殺し結果的に茶園の生態バランスを崩してしまいます。

使わないで済むのなら、薬のかかっていないお茶を飲みたいものです。

また、当然ですが散布作業にあたる農家さんの身体的負担は相当なものと思われます。

真夏でもマスクをし、全身を覆って…僕にはとうてい真似できない仕事です。

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さて、朝宮の冬は、きわめて厳しいそうです。

雪は少ないながら気温の低さが特徴で、北田家では寒さに対応するため

有機(油かす・魚粉・骨粉)を中心とした施肥管理に気を遣っています。

1月のいま、茶は寒さを耐え忍んでいます。

写真の茶樹は、「秋整枝」が施されたもの。

一年の収穫を終え、秋に茶樹表面を刈り均し、春の一番茶のときに芽の揃った収穫を目指すのです。

さて北田家でつくる製茶を、見てみましょう。

耕平さんは、冒頭のほうにこのように表現します。

「裸のお茶」

理由は、ふたつです。

1. 蒸しがきわめて浅い

2. 仕上げの火入れをしない

ひとつずつ説明します。

1. 蒸しの浅さについて。

緑茶は、製茶加工の第一段階で「殺青(さっせい)」という工程を経ます。

熱の力で酵素の働きを止めて、以後の酸化や発酵を防ぐがねらいです。

その方法には、「蒸す」「炒る」「茹でる」「干す」がありますが、

国内で流通するお茶の殆どは蒸しています。

早い段階で蒸すので、葉の緑色が保持され「緑茶」と呼ばれるのです。

淹れたお茶の水色が緑色だから、緑茶なのでは?と思う方も多いでしょう。 でも、それはちがいます。

本来の緑茶の水色は「山吹色」であるとされます。淹れたお茶の水色が緑色なのは、深蒸し茶。

長時間蒸すので葉がもろくなり、概して製造工程で乾燥が進むと粉っぽくなります。

早く淹れられますが、湯の色が濁り、どろっとして香りが弱まります。

湯の緑色は、お茶の細かな粒子によるもの。

深蒸し茶の流通量は全体のうちかなりのウェイトを占め、スーパーでもよく見かけると思います。

多くの方が「お茶の湯は緑色」と思うのは、深蒸し茶の流通量が要因なのです。

…前置きが長くなりました。

北田園のお茶はその対極。きわめて蒸しが浅いのです。

武骨な佇まいは、「先祖が武士だ」という北田家の血潮を現すようで、おもしろく思います。

お茶の形が崩れておらず、高い香気を残しています。

2. 仕上げの火入れをしない

お茶は加工の最終工程で、乾燥もかねて焙煎します。強く焙煎したのが焙じ茶。

緑茶の場合、ほどほどの焙煎を施します。

長い目に焙煎したものは、ふわっとロースト感ある香ばしさを持っていますが

北田園は、「仕上げの火入れはしない」ことを選択しました。

あえてそうすることで、青々としたお茶の香りと味わいを、そのまま残すことが出来るのです。

大切に育てられたことがよくわかる、甘涼しく爽快なお茶です。

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1・2により、北田園では、余計なことを一切しない

素のままのお茶づくりを行っているのです。

だから「裸のお茶」。

そんな風に表現できる耕平さんが、羨ましくなりました。

でもそれは同時に、生のお茶の品質に対して、自信があるから出来ること。

(一概には言えませんが、深蒸しや火入れで、ある程度は「ごまかし」が出来るのです)

さて、北田園のもうひとつのお茶「春番茶」をご紹介しましょう。

さきほど「秋整枝」について触れました。

春番茶は、それをしなかった茶樹からつくります。

一番茶の時期がくる前、春の時期に、秋冬とずっと伸び続けた枝葉を刈ります。

これを緑茶と同じ製法でつくり、最後に深く焙じることで出来るのが、「春番茶」。

茎も枝もまるごと入っており、純朴そのものな味わいと香りが最高です。

春~夏にかけて上昇するカフェインがあまり含まれていないために、

体への負担がなくたくさん飲める日常のお茶。とっても、美味しいです。

ここが、もうすぐ春番茶となる茶樹の圃場です。

秋に刈っていないから、すくすくと茶が伸びていますね。

手前は北田さんの圃場。伸びた葉の鮮やかな色が目立ち、外見もムクムクしています。

奥は別な方の圃場。秋整枝を行ったので、表面が揃っています。

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茶工場の事務室に戻って、お話を伺いました。

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聞こえてくるのは、日本茶の現状の厳しさです。

昔は、「農家はつくればよかった。それで売れた」とのこと。

だけど今は、PRもしなければならないし、自家販売もしなければいけない。

とてもとても手が足りなくて、後継者不足も相まってどこの産地も厳しい。

それに近年はペットボトル茶が台頭したので、日本人は

ほんらいのお茶に触れることが少なくなってしまった。

ペットボトル茶を供給する農家も、当初は景気がよかったが、

それももはや打ち止めの雰囲気が漂い始めている。

大手メーカーは、一見すると日本茶のよさを伝えているように見えて、

結局のところは自社の宣伝しかしないものだ。

包括的に日本茶の良さと伝えようとする人が不足しており、危機感を禁じ得ない。

…嘆息するほかない状況かもしれません。だけど、そうも言っていられません。

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人の話を聞きながら、頂くお茶が、どんなにおいしいものか。

時代が変わっても、朝宮のお茶はおいしいままです。

僕は、朝宮の、北田さんのお茶がおいしいことを知っています。

そのおいしさは、単に成分だけでは決まりません。

作り手の話を聞き、その人間味を知り、そうして頂くお茶こそ「おいしい」のです。

母親の料理は、誰しもが好きでしょう?

彼女が初めてつくってくれた料理とか、忘れられないでしょう?

思い出の料亭で食べるうどんの味、記憶から消せないでしょう?

お茶は嗜好品でマニアックな飲み物と思われがちですが、そうではありません。

品評会で高得点だとか、芸能人がすすめようが、

どれほどグルメの舌を満足させようが、関係ありません。

安くても、高くても、気持ちのこもっているお茶は、おいしいんです。

昭和から平成の朝宮を、その当事者としてずっと見てきた耕平さん。

彼の語る重みある言葉の数々、たしかにお茶に宿っています。

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僕にできること、それはとにかく彼の言葉を、代弁すること。

「日本茶っておいしいなあ」と、ごく単純なことを伝えたいんです。

もちろん、「生産者への感謝」を含めて。現代が欠くものです。

北田さんの煎茶は、1月31日に僕が主宰するイベント「せんちゃびより」でも呈茶しますし、

ご希望の方があれば小分けにして若干数の販売ができるご用意もあります。

どうかどうか、滋賀県の山あいに想いを馳せて、味わいに来てください。

https://www.facebook.com/events/1024840374221917/

また長くなってしまいました。(短くする気がないといえば、そうかもしれません…)

#煎茶 #番茶 #朝宮

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