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  • 岡村友章

器と暮らし


年の瀬の12月30日、車を走らせて愛知県常滑市へ。

六古窯*のひとつ、常滑焼。 *瀬戸・越前・常滑・信楽・丹波・備前

平安~江戸~明治~現代と、その在り方を変化させながら、柔軟に生き残ってきました。

平安には「生活雑器」、江戸には「朱泥土の急須」、

明治には「工業製品」、そして現代。「クラフト作家による新しい器の提案」…

私と常滑の関わりは「急須」。最初は、そうでした。

でも道具や茶はあくまでも暮らしの表層にあるもの。

それらは、人の心やどのように生きたいかという意志の、

無意識的なあらわれなんだなと、常滑が教えてくれました。

ちゃんとしたものひとつ選び、ちゃんと生きてゆくか。

とりあえずの品物をたくさん揃えて、モノを持て余すか…

前者のこころを体現するお店、 『器と暮らしの道具 morrina』。

店主の杉江寿文さんとお会いしました。

杉江さん。平型の急須をもって、にこやかに撮影に応じてくれました。

morrinaは、明治に建築された土管工場を修繕しながら使用しています。

ここに集まるのは、シンプルでまっとうな製法で作られた、

新しくも懐かしい道具たち。「暮らしに愛着をもって生きる」ことを提案してくれます。

とはいえ、用途を果たしてくれるだけのモノは安価に手に入ってしまう時代。

割れたらまだ買い替えて…

器で商いをするのは容易ではありません。

どんなことを考えながらお店を運営しておられるのかな?

そんな疑問から杉江さんを訪ねました。

伺ったお話を書き留めておきます。

入り口。ガラガラと音をたてる戸口をくぐれば、「素敵なお店かも」と早くも予感が。

かつて常滑も国内需要に沸き、活気ある時代があったといいます。

日本人の「お茶離れ」が叫ばれて久しいいま、「急須離れ」に直面する常滑。

しかし需要がない訳ではありません。

昨今の常滑急須を買い求めるのは中国や台湾からのお客さんたち。

インバウンド需要です。

どっとバスで押し寄せて、どーっと買っていく…

そんな光景も時折みられるようです。

かつて好景気に沸いたころ、海外で買い物をした日本人の姿にも重なります。

(もちろん皆がそうだという訳ではありません。「家族で店に来て、

ほんとうにじっくりと選び、ようやく大切なひとつを買って国に帰る。

そんなお客さんが、焼き物を国の家庭で使う様子を思い描くことが出来るのは

嬉しい」と、morrina近くで『SPACE とこなべ』と営む、杉江さんのお母様が語ってくれました)

もうひとつ常滑を支えるもの。それは、公的補助金。

しかし、他の例と同様、補助金ありきの事業に継続性を持たせるのは困難を伴います。

「インバウンドに公的補助金、どちらも悪いものではないが、経営をそれに頼ってはいけない」と、

杉江さんはいいます。

先述のように平安期から続く常滑の歴史を振り返った時、先人達は何をしてきたのか、

これからは考えるべきではないでしょうか。

用途に始まり、文化、工業、芸術と時代によって革新を繰り返してきた、

その先人が送る風を浴びて自分達の時代にすべきイノベートとは何か?考えてみましょう。

仕事を通して思いを伝え続けるためには勿論、利益も必要ですが、

長期的な視点で産地の伝統を考えた時、 ブームを追いかけて短期的な利潤を目的に

軸を振らしてはいけないのです。業態をかえるべきではないのです。

単なる消費活動において、必然性あるモノづくりは継続できません。

例えば急須というモノに込められた文化や職人の想いを顧みることなく

ただ高価であるとか、希少性があるといった理由で買い占められ、消費されてしまう。

豊かさとは?文化資本とは?

それらを問わず、ただモノを消費する社会の先にあるのは、荒んだ心のみ。

丁寧に作られた急須というモノがもたらしてくれる、

何でもない暮らしの一瞬一瞬の輝き。それを私たち普通の市民が認識し、

少し背伸びしたお買い物を通じ、まっとうな品物を大切に使ってゆく。

たとえ欠けてしまっても、金継ぎすれば新しい価値が付与されて

私たちのもとへ帰ってきてくれます。

また、割れて使えなくなってしまっても、杉江さんの言葉を借りれば

「亡くなってからある人のコトバが見直されたりするように、

割れてから、器は本当の価値を発し始める」。

割れた急須が、教えてくれる価値…

そういえば杉江さんはこんな言葉を紹介してくれました。

「私たちはテレパシーが使えないから、モノに想いを託している」

morrinaの取扱い作家である、大原光一さんの言葉。

さて、皆さんは自宅にある大事な器を前に、何を思いますか?

店内には、さまざまな方向から自然光が射しこみます。

大量消費の波に飲まれてしまうことなく、

少しずつ必然性ある変化を遂げながら常滑の文化が受け継がれてゆく。

そのためには…私はこう思います。

私たち「ふつうの市民」が、器に込められた価値を認め、

それを飾り物として愛でるのではなく、当たり前の日用雑器として大切に使い子孫へ譲ってゆく。

そのことを伝えていくにあたり、気になることもいくつかあります。

例えば、お茶や文化をファッション感覚で身にまとったかのような情報発信。

例えば、メディアの過剰な日本文化礼賛。

例えば、廃れることが予め定められた、流行。

こうした潮流に急須や茶が翻弄されてしまい、

本流から気づかず離れていってしまったなら…

あまり考えたくはありません。

店内のようす。所狭し、というよりは、ひとつひとつを愛でるように商品を見て回れるようになっている。2Fはギャラリー。

杉江さんはそんな心配に対して、こんな態度を取ります。

「楽しそうに、自ら実践して暮らす」

難しい顔をして問題を声高に訴えても、誰も振り向かないのです。

それよりも、楽しく是とする信条をただ実践してゆくのみ。

そうして杉江さんが目指すものは、

人が手を動かしてつくるものが、やがて文化資本として集積されてゆく社会。

現代は、何もかもが便利であるにも関わらず、忙しさが全くもって変わらない時代です。

経済は常に右肩上がりであることが使命とされ、「なぜ心は豊かにならないのか?」問う暇もない。

morrinaに集まる器には、作家たちのものづくりの想いだけではなく、

杉江さんの願いもまた共にあります。

morrinaは上り坂のふもとに位置しています。坂上から店舗を臨むとこんな感じ…コールタールが印象的。

いかがでしたか。

私も杉江さんに出会うまでは、彼のように「器・茶」と「暮らし」の関わりを

意識することがありませんでした。

器や茶。それ自体の発する魅力はあくまでも二次的なものなのかもしれません。

むしろこれらと自らが関わってゆくなかで醸成される、暮らしの様相の変化。

そうした深層まで、ぐうっと食い込んでくれる品物が集まる場所。

それが、morrinaなのかな。

morrinaの魅力は、店舗で配布しているフリーペーパー「morrinaの器と暮らしのお話」で

とてもわかりやすく知ることが出来ます。

過去のバックナンバーをまとめあげた冊子版も販売されていますよ。

器に興味のある方はいちど読んでみられると温かい気持ちになることができますよ。

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morrina 器と暮らしの道具

〒479-0836 愛知県常滑市栄町7-3

TEL 0569-34-6566


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