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  • 岡村友章

お茶のブランド / 宇治


京都文教大学にて開催されている「宇治茶文化講座2017」に参加してきました。今日のテーマは「宇治茶の基礎を学ぶ」。

そもそも「宇治茶」って何だかご存じですか?「宇治で作られたお茶でしょ」とお思いの方も多いのでは。

現在は地域団体商標として「宇治茶」の定義が明確に定められています。

宇治茶とは、

京都府・奈良県・滋賀県・三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶

特許庁 地域団体商標登録案件紹介 より)

えっ!とお思いの方もいるかもしれませんが、まずはご一読ください。

宇治茶は、宇治市で生産されたものだけではありません。でも、それもそのはずです。平成28年度に京都府で生産された荒茶(仕上げ加工前のもの)は、約3,000トン。このうち宇治市では、約64トン。自治体別では和束町の1,250トンが最大です。

京都府茶業統計より)

全国の荒茶生産量が約80,000トンなのを考えると、宇治市だけでの生産は極めて限定的なのがわかると思います。それでも、いたるところで「宇治茶」表示のお茶を見るのは、上記のように4府県内で生産したものを原料としてよいからでしょうか。

私が扱っている滋賀の政所・朝宮や、奈良の都祁・山添といった場所のお茶も、京都に持ち込んでそこで定められた加工を施せば「宇治茶」と名乗れるのです。

参加した講座「宇治茶の基礎を学ぶ」では、このあたりの事情に少し触れられました。

戦後の都市区画整理により宇治の生産量はそれまでと比較して相当に落ちたのだそうです。

近年になって宇治茶ブランドの在り方が検討され、当初は「京都府のお茶が半分入っていればOK」とされた時期もありました。しかし京都府全体で見ても生産量は大きくなく、4府県での茶葉を原料とすることで落ち着いています。

そもそも、都道府県という行政区画だけで区切るには無理があるという意見も。つまり、和束、童仙房、宇治、山添に月ケ瀬…と、行政区画をまたいで「そのあたり一帯」が伝統的に茶産地なのです。それらから宇治へ茶葉を運び込み加工した場合も多々あるからこそ、宇治茶をより広域的に定義づけたのだ…と。

もうひとつの理由として、「宇治茶はブレンドが腕の見せ所」ことが挙げられます。年間を通して均一な品質のお茶を提供するために、ブレンダーの腕が大事。各茶商の特色も出てくるわけです。宇治のスゴイ点は、そこに凝縮されているといえるのかもしれません。

ファンの心をつかみ、「私はココのしか飲まない」なんて言わせたら、やっぱり嬉しいだろうなあと思います。「混ぜ物」ではなく、おいしいと思えるものを追求する技術。それが宇治茶の核心だという話でした。

ブレンドを前提とするのならば、確かに宇治だけでの生産量ではとうてい無理があるでしょう。講座の講師・林屋和男さんの紹介したエピソードのなかに、インドの産地を訪問したときの話がありました。そこの工場では、"We sell no leaves before blending" とのスローガンが掲げられていたそうです。お抱えのブレンダーには工場長以上の給料が支払われ、林家さんご自身も宇治茶のブレンダーであることを告げると、とたんに扱いが変わったと。「ブレンドしていないのは、お茶とは言えない」といった雰囲気だったそうです。

いかにブレンド技術という形のないものが、商いの重要な位置にあるのかを示していると思います。

たしかに、その磨かれた技術。類まれな五感。それらはほかに代えがたいものなのだと思います。それでも私がなんとなく違和感を感じるのは、「生産者の顔」が消え去っているから。

滋賀県日野町 満田久樹さん

当たり前だけどお茶は農産物です。米とか野菜と同じ。

「これ、うちでつくったの、食べて」といただくものの美味しさは、軽視できない。

ベロで感じるおいしさはもちろん大事ですが、それだけで食べ物のよさを測る時代ではなくなっていると考えています。ハートで感じたいのです。

奈良県 都祁 羽間一登さん

たとえ、自分の扱っているお茶のうち2種を混ぜて、それぞれで飲むよりも圧倒的においしいと思ったとしても、絶対に売りません。そういう技術が私にあったとしても、それが仮に求められたとしても、です。

限りなくシンプルでありたい。

屋号に歴史もない。軍資金もない。ブレンドする技術もない。表彰もない。そもそも、店舗がない。

ないない尽くしのなかでこそ見いだせた道筋。何もない中で目の前に迫ってきたのは、作り手でした。でも、各農家での生産には限りがあります。私のような零細店が、そこの生産量のうち多くを預かる場合だってあります。

年間を通じて均一な品質を保持することが宇治茶の宿命であり技術の見せ所なら、私は逆。その年のできた分がなくなってしまったら、もうそれでおしまい。だから年の途中で販売が終わってしまうものが出てくると思います。

それは仕方ない。作物は有限だからです。

有限だから、「ブレンドして磨き上げる」ことも、「ブレンドせず、無くなったらそこでおしまい」とすることも、限りある作物を愛でる気持ちは同じかもしれません。

熊本県 泉町 船本繁男さん

小さな商いだからこそできることを続けて、今日もお茶を飲めることを皆さんと分かち合いたいと思います。

結局、いつもと同じようなことを書いているような気がします。

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