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  • 岡村友章

人口知能の時代と日本茶 ① 考えの下準備


人口知能(Artificial Intelligence = AI)の時代。日本茶がどのようなかかわりを持つのかを少し考えました。

ことの発端は、スペシャルティコーヒー文化を伝えるインディペンデントマガジン「Standart Japan - Issue 9」。ここに、私の家からそんなに遠くないところでコーヒー焙煎所を開いておられる 大山崎 COFFEE ROASTERS の中村佳太さんが寄稿していたのです。

※記事はふたつに分けます。この記事では中村さんの主張を私なりに簡単にまとめました。次の記事で、人工知能とお茶屋の関わりを考えたいと思います。

...

さてその記事のテーマは「人口知能の時代にコーヒー焙煎家は必要か?」。

まずコーヒー焙煎の手順を確認したうえで、焙煎という行為について心理学の観点から述べられています。ポイントは2点。

・人は、焙煎を構成する、温度や湿度、原料の状態など複合的条件の「まとまり」をなんとなく把握してコーヒー豆を焙煎している。

・そして仮にAIが膨大なデータ蓄積から「まとまり」を把握し、焙煎することが出来たとしても、人間の持つ感覚とは異なるものになる。

一方で、飲む人たちの「おいしい」という感覚からについても論考が進みます。ポイントはこちら。

・人は化学的分析に基づく成分構成からコーヒーをおいしいと感じるのではなく、あらゆる条件の総和以上のまとまりから判断を行っている。(体調や心理状態、過去の経験なども関わる)だから、「おいしさ」は人により異なるのはもちろん、個人においても絶対的ではない。

これらを踏まえて中村さんは、「人工知能の時代にも焙煎家は必要だ」との結論を導きます。

人が焼いたコーヒー、機械が自らの知能で焼いたコーヒー。両者は、焙煎と飲む行為のいずれにおいても本質的に異なる。だから、自分のコーヒーを飲みたいと人に感じてもらい、コーヒーの楽しみを総合的に提供していくことを望むのではあれば、なおのこと。

また、このことはあらゆる職人的仕事や芸術的仕事に当てはまると中村さんは言います。「人工知能の時代に◯◯は必要か?」この問いについて、もはや考えざるを得ません。

さて、こうした文脈を踏まえて考えれば、私は人工知能の時代においても日本茶を売り続けるぞ!という決意を、改めて自らの内に確認することが出来るのでしょうか。

さもなければ、さあ大変。私は礎を失ってしまうことになります。

これは大変な問いを突きつけられたものです。雑誌を買ってしまったばかりに…!

という訳で、続きは次の記事に。