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  • 岡村友章

わからんばってん


「泉村 釜炒り茶」をBASEオンラインストアに追加しました。「かまいりじまん 黄」の名称を変更し、再度ご紹介するものです。

https://chaokamura.base.shop/items/24651733

このお茶は、熊本県八代市泉町にお住まいの船本さんがつくっています。これまでもずっと紹介し続けてきたお茶で、私が釜炒り茶というものをはじめて知り、取り寄せたのがこの船本さんのお茶でした。熊本のお茶との最初の出会いでもあります。

はじめて電話したときは緊張したものですが、あの独特の熊本弁の優しいトーンに和やかな気持ちになったことを覚えています。

船本さんのところでは2種類の釜炒り茶をつくっておられます。泉町(旧泉村)では最後の釜炒り茶の生産農家となりました。

御年80を超える繁男さんのお気に入りは、「青柳製釜炒り茶」。葉を炒る最初の工程から昔ながらの丸くて大きな釜を使っており、強い炒り加減から生まれる香ばしさは唯一無二。

しかし「青柳製」は、一般的な煎茶などと比較すると圧倒的に生産量が少なく、労力も手間もかかることから担い手はほとんどいません。繁男さんは「体の元気なうちはつくろうと思っとるけんな」と仰っていましたが、今年2019年は販売に供するほどの生産量はありませんでした。専ら繁男さんたちご家族が家で楽しむだけの量をつくられたようです。

このお茶はたくさんの子どもたちに飲ませたことがありますが、「苦い」とか「おいしくない」と言った子どもは、ただのひとりもいません。

ほんの少しだけ在庫があります

一方、繁男さんの息子さんである弘之さんが主に担っているのが、若干の効率性を重視した「連続式炒り葉機」と呼ばれる機械でつくる釜炒り茶です。

先日、繁男さんに電話をしたところ、「おれは、あっち(息子さんのつくるお茶)のほうには、もう関わっておらん。在庫もどれくらいあるかわからんばってん、きいてみるな」と仰りました。

そののちに、在庫があったようで注文したお茶が届きました。弘之さんがつくっているお茶です。

「弘之さんが」と書きましたが、実際には家族総出です。お母さんやご姉妹も駆けつけて、人は雇わずにみんなでやるのです。繁男さんは一切手出ししないかというとそうでもなく、やはり気になるようで工場を見にいったり、お茶摘みを手伝ったりしておられます。

しかし、製茶の加減や仕上がり、そして販売にはまったく意見していないようでした。どこもそうかもしれませんが、親子って、もどかしくて、むずかしいものですね。親子だからこそ、かな。

父と息子のお茶は、それぞれまったく違います。

繁男さんの青柳製釜炒り茶は、頑固そのもの。流行りとか客の好みとか、そういうことは脇において…彼が飲みたいと思っているお茶です。これ以外認めんという気概そのものが香りとなって立ち上ります。

弘之さんのお茶から、そうした拘りは感じません。でも、お父さんのやり方には倣わないけれど家業のお茶づくりをやめずに何とか続けるという、弘之さんの無言の優しさのこもったお茶だと私は思っています。そもそもこのお茶が、私が釜炒り茶にはまってしまったきっかけでした。以来、釜炒り茶と聞けば片っ端から取り寄せて飲む日々がはじまったのです。

正直いって、弘之さんのお茶ですらいつまで飲めるのだろうかと私は感じています。それくらい、続けていくということの苦労を訪ねるたびに痛感するのです。

かといって船本家のお茶を骨董品のように飾っておきたいとは思いません。ある限りはどんどん紹介して、気兼ねなく飲んでほしいのです。

ちょっとだけ暗い感じになってしまいましたが、船本家のお茶づくりを少しでも感じてもらえたなら幸いです。こういうお茶もあるんです。私は船本さんの釜炒り茶が理屈抜きに大好きで、仕事にしようっていう力を、船本さんたちからもらいました。

繁男さんはとにかくこだわりが強くてお茶の話をしだしたら20歳は若返ります。

お母さんは濃い味の煮しめとか漬物が抜群にうまくて優しい。いつも柱にもたれてちょこんと座っています。

弘之さんは話すたびにどこか家業について達観したようなところのある、ひょうひょうとした楽しいおじさん。ジョークなのか本音なのかわからない話ばっかりする人です。

そしてお茶づくりのときに出会う姉妹の皆さんもそれぞれ本当に優しくて…2年前に訪ねたときは帰りに水筒にお茶をいれてお弁当まで持たせてくれて、それを水俣まで持って行き温かい気持ちで宿で食べたのでした。みんな優しくて泣きそうでした。

そんな一家のお茶なんです。


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