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  • 岡村友章

若い人はお茶が好きだ。


「若者の○○離れ」という言葉は、すでに聴き飽きた方も多いかもしれません。車離れ、ビール離れ…多分に漏れず、お茶も不名誉なことにその仲間入りを果たしているようです。

こんな嘆きが、どこへ行っても聞こえてきます。

「最近、若い人はペットボトル茶を飲み、急須でお茶を飲まなくなっている」

「若い人は家に急須やヤカンがない」

「茶葉が売れない」

そう、確かに、統計に語らせればこれらは部分的に当たっているのかもしれません。日本茶業中央会の出版している「茶関係資料」を確認してみますと、こんなデータがあります。

緑茶の国内消費量と人口をもとにした、「一人当りの緑茶年間消費量」は2010年~2017年にかけてずっと 600g台で低下傾向にあります。1965年~2009年の統計データでは、600g台を記録したのは1998年の698gだけ。最も多いのは昭和50年の1,002gです。

あわせて考えたいのは缶とペットボトルです。缶は1980年、ペットボトルは1990年にそれぞれ登場しました。伊藤園さんの資料によれば、緑茶飲料市場は飛躍的に大きくなっており、1994年には1,000億円弱だったものが、2004年には4,000億円超えをマーク。以後、多少の増減はあれど市場は大きいままです。

年間消費量は減っているけれど、それでも缶・ペットボトルの需要は大きくなっていることを考えれば、急須で楽しむお茶のシェアは、缶やペットボトルへと移っていると考えてよいでしょう。

だから、「若い人は急須で飲まない」「茶葉が売れない」という話になるのです。しかしその裏では、ペットボトルという形ではあっても、やっぱりお茶はふつうに親しまれているわけです。

でもこれは統計の話。

統計が教えてくれる社会の全体像は無視できるものではありません。しかし、私は統計ではなくひとりひとりを相手にしてお茶を紹介しています。

すると見えてくるのは、若い人たちへの希望です。

まず、小さな子どもたち。

彼らはおいしいお茶に対して本当に素直に反応します。出店していると、子どもが何気なく寄ってくることがあるので、そういうときには必ず彼らに聞きます。

「お茶、飲むか?」

コクリと頷いた彼らに、小さな杯で緑茶を出します。定番は満田さんの荒茶で、ほとんどの子が「おいしい」「苦くない」と言ってくれますし、中には本当に気に入ってくれて、親に「買ってほしい」とせがむ子まで現れます。

後日、お父さんやお母さんからこんな報告が来たことも何度か。

「あれから家に帰って、お茶を欲しがるようになった。今まであまり飲まなかったのに」

「自分でお茶を淹れるようになった」

こうした子どもたちの反応から見えてくることがあります。

第一に、子どもたちが日々接するお茶は、ひょっとして彼らの身体に合うものではないかもしれないということ。市販されているお茶を形作っている思想は、本当に子どもたちが自然と好むようなものに寄り添っているのでしょうか。

第二に、彼らにちゃんとおいしいお茶を差し出してあげれば、お茶は彼らのなかで必ず生活の飲みものとして根を張ること。自分で道具を操ることで「自分でやれる」という自信のもとにもなります。

それから、20~30代くらいの方々。

おひとりおひとりと話をしていて、感じることがあります。

彼らの多くはお茶にとても興味があるけれど、どうやって選んだらいいのかわからないし、「こういう味や香りがいい」という具体的なイメージを持っていない。だから急須を持つに至っていないけれど、急須のある生活がどことなく「小さなゆとりのある暮らし」であることをイメージとして持っていて、いい道具といいお茶のある生活は、ちょっとした憧れでもある。

彼らは、お茶を飲みたいと思っています。私はお茶が嫌いだという若い人に会ったことが一度もありません。

試飲を繰り返し、好みを少しずつ一緒に考え、おいしいと思うものを選びます。地道な作業ですが、そのうちにだんだんと表情が明るくなって、楽しそうにしてくれているのを見ると私も嬉しくなります。もちろん、どんな人たちがお茶を作っているのかという話を、できるだけ丁寧にします。お茶は、米や野菜と同じ、農産物であること。作っている人がいること。そしてそれには大変な努力があること…。

今日も20代前半くらいの女性がお茶を買い求めに来てくれました。彼女はこう言いました。

「大阪に引っ越してきたばかりで生活道具がぜんぜんない。でもお茶が飲みたいし、急須もまだないのだけれど、とりあえずお茶を買いにきました。おいしいお茶はありますか」

またあるときは、派手目のメイクを格好よくキメて、ツカツカと歩み寄ってきた10代後半くらいの女性が、手際よくお茶を選んでくれたこともありました。派手目メイクとお茶は、ひょっとしたら旧来のお茶好きイメージとは違うのかもしれません。もちろんそんなことは杞憂で、彼女に「お茶、好きなんですか」と聞いてみたら「え、はい。ふつうに急須で飲んでますけど」という答え。

なぜそんなことを聞くのかという反応は、逆に私にとって嬉しいものでした。

これらはほんの小さなエピソードではありますが、お茶を飲みたいと思っている人はたくさんいます。若い人たちを信じること。彼らはお茶が基本的に好きで、飲みたいと思っています。いいお茶をきちんと紹介することができれば、お茶は売れる。自然と急須も欲しくなる。食卓がだんだん自分好みに調整されていく。

統計だけをみて嘆くのはまだ早いです。

やれることはまだまだありますが、待っていても来てもらえません。彼らの目にふれるところへ出かけていってお茶を並べて、ひとりひとりの話を聴くことで見えてくる希望も確かにあるなと思います。