検索
  • 岡村友章

畑中さんの阿波晩茶、最後の入荷です。


突然ですが、さみしいお知らせです。

取り扱い開始以来、たくさんの方に関心をもっていただき、とくに子どもたちの「おいしい」という声を受けてきた徳島県上勝町の阿波晩茶。

ご縁あって、畑中春美さんのお世話になってきました。

しかし事情あって、畑中さんは今夏以後の晩茶づくりをお辞めになることになりました。(何よりもまず、畑中さんはすこぶるお元気でいらっしゃいます。ご安心ください)

今回の仕入れ分で、畑中さんの阿波晩茶は終売です。どうしてもご入用という方は、お会いするときまで取り置きができますのでお教えください。

なお畑中さんより、信頼できる農家を紹介する、とうれしい連絡を併せていただいてはおりますので、なんらかの形で今後も上勝町との関係は続けられるのではないかと思います。でもそれはまだ先のこと…今回は、畑中さんのお茶と、その作り方を改めて振り返りましょう。

---

阿波晩茶は、お茶の分類のなかで「後発酵茶」のカテゴリーに入ります。高知県の碁石茶や愛媛県の石鎚黒茶などと並び、微生物発酵を行うたいへんユニークなお茶の仲間。いったいどこから伝播してきて、いつから作っているのか文献では確かめられていないそうです。

ユニークとはいえ、阿波晩茶の生産地である上勝町では、お茶といえばこれが当たり前。行く先々でポットに淹れてあったり寄り合いの場で大きな急須に入っていたり。

春美さんは、母の高子さんがはじめられた茶業を継いで、数年前からお茶をつくっておられました。「上勝阿波晩茶」のなかでも、春美さんのフィールドは神田(じでん)という地区。ここの生産者たちは「神田茶」のブランドのもと統一した製造規格を設け、阿波晩茶の変わらないよさを伝えてこられたのです。

高子さんは屈強な方。昭和30年代後半ごろから若者たちが都会へ出て行ってしまうようになり、荒れた畑がこの町でも増えてしまいました。それらを買い取って茶の木を植えられたのです。

春美さんは中学を出ると、お母さんの「手に職をつけなさい」というすすめに従って、看護師になるため町を出ました。それでも、結婚後は夏になると晩茶づくりに加勢してこれらました。高子さんの茶畑はどんどん大きくなり、最盛期には町内でも有数の生産量を誇る農家に成長。

そして高子さん、なんと80歳を過ぎてから晩茶工場を新設。それはお母さんの晩茶に対する強い愛情だけでなく、今後も継続してこのお茶を作り続けてほしいという気持ちの表れでした。数年間から体調を崩された高子さんですが、選別など座っていてもできる仕事を。

春美さんは製造時期にあたる4ヶ月は看護師の仕事を休み、県内の北島町から上勝町に戻って晩茶づくりを行ってきたのです。

一昨年、男勝りの働きぶりを若い頃から続けてきたお母さんが亡くなりましたが、春美さんは晩茶づくりを継続。そうした状況のなか私も春美さんと出会い、お茶作りに加勢し、この晩茶に魅了されたのです。

春美さんとのご縁をつないでくださったのは、この町で多彩な活動を展開している「株式会社 上勝開拓団」でした。突然のご連絡にもかかわらず、春美さんとの面会までを取り持ってくださいました。

しかし、残念ながら春美さんのご事情により晩茶づくりは継続することができなくなりました。個人的なことですから、これ以上ここでは分け入ることはしませんが、春美さんはとても残念なお気持ちでおられます。

春美さんの晩茶は、阿波晩茶が苦手だったという人でも「これなら飲みやすくておいしい」と言ってくださるものでした。恐らく春美さんのは、発酵度合いが軽やかであるためでしょう。

以下では、阿波晩茶の作り方を見てみましょう。

茶摘みは夏の盛り。しっかり育ち繊維質の多い茶葉を手摘みして茶樹を丸裸にします。この茶葉をぐらぐらと湯の沸いた大鍋で茹でることで、発酵の妨げになる雑菌を殺してしまいます。

(写真:左から葉を追加していくことで茹で上がった茶葉が右に押し出される様子)

茹でた茶葉は、揉捻機(じゅうねんき)という機械で揉み込みます。これにより茶葉が傷つき、発酵の進みやすい状態をつくるのです。畑中さんのところでは、唯一この工程だけで機械を使います。

かつては木製の「舟」という道具を使い人力で行っていましたが、現在は揉捻機が主。揉捻機のない生産者のもとには、必要なときだけ揉捻機を運んできて揉み込みの工程を助けてくれる機械屋さんがいるそうです。

なお揉捻機は、煎茶や釜炒り茶などでも使用されている製茶道具の代表格のひとつ。

揉み込んだ茶葉は、木製の桶のなかに入れます。空気を抜きながらしっかりと詰め込むことで乳酸菌の働きやすい環境をつくります。詰め込んだら上から数十キロの重石をして、漬け込みの工程に入ります。畑中さんのところでは2週間くらい。

発酵した茶葉を晴天の日に取り出して、2〜3日かけて天日干し。悪天候ともなるとすべて屋根のあるところに取り込むので非常に大変な作業です。

しっかりと乾燥したら、茎や粉を手作業で取り除きます。こうして晩茶が完成するのです。

もちろん、ここには書かれていない農家ごとの工夫や伝統があり、さらには日々の茶園の管理も仕事です。晩茶づくりは大変。

過去2回のブログでも触れた滋賀県の政所やその他多くの産地に同じくして、ここ上勝町も人口減少に苦しみ、晩茶づくりの担い手維持には苦難が多いと言われています。

上勝晩茶祭り実行委員会のまとめたパンフレット「上勝阿波晩茶ガイドブック 晩茶の旅」では、ご自身も晩茶生産者である高木宏茂さんがこのように語っています。

---

「このまま生産量が減っていけば、晩茶も近い将来『幻の上勝阿波晩茶』と呼ばれるようになるかも知れません。それはそれで残った農家は潤うかも知れません。でも、それでは上勝阿波晩茶が残ったとは言えないと思うのです。

晩茶の特徴は、それぞれの家が代々引き継いできた製法で、それぞれの味が少しずつ違うことです。この多様性こそ晩茶の伝統です。現代では緑茶と言えばみんな同じような味を思い浮かべると思います。静岡茶も狭山茶も宇治茶も、その味の違いはどんどんなくなってきています。そんな時代にこれだけ個性的で多彩な晩茶が残っているということは奇跡に近いことだと思います。これこそが上勝の文化、そして日本の田舎の文化です。

一軒の農家が晩茶生産を辞めるということは、町から文化が一つ無くなるということなのです。」

---

皆さんはどのように思うでしょうか。もし、少しでも力になりたいなと思ってくださる方がおられましたら、できる形で上勝に対する関心を一歩深くしてください。

たとえば…晩茶を買ってください。それを糧に私は上勝という町の、晩茶だけではないおもしろさを広くお話してまわることができます。上勝を知る人を増やし、やがてその中からもっと関わろうと思う方が現れたら勝ることはありません。

または、お茶摘みに参加することもできます。上勝で生産されている柑橘「ゆこう」もおいしいです。町をあげて推進しているゴミ減量のための「ゼロ・ウェイスト」も学ぶべきことの多い取り組みです。最近ではクラフトビール作りまでも始まっていて、興味の尽きない町なんですよ。

一度失ったら、取り戻すことのできない文化が、ここ上勝にもあります。ご関心をお寄せください。

畑中さんには今後もお会いできるチャンスがあればお話を伺いたいと思っています。もちろん上勝町にこれからも出入りして、皆さんとお話を共有します。

最後になりましたが、畑中春美さんの阿波晩茶、最後の入荷分についてお知らせです。

阿波晩茶

在来種主体 無農薬有機栽培

畑中春美さん作(徳島県上勝町旭・神田地区)

120g 2,200円

25g 600円

※クリックでオンラインストアへ移ります


© 2015-2020 by にほんちゃギャラリーおかむら