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  • 岡村 友章

今年の平番茶を受け取る

令和3年 4月6日(火)


今年の平番茶を仕入れるために、東近江市の政所(奥永源寺)へ行ってきた。


まず最初にお訪ねしたのが、この地域の7集落のひとつ「箕川」にお住まいの川嶋いささん。チャーミングな笑顔に思わず笑みのこぼれるいささんは、僕にとっても元気の源だ。


到着するとさっそく去年の煎茶を淹れてくださり、茶菓子と一緒においしくいただいた。土地の特徴を如実にあらわす力強さがあり、それは「煎茶とはこういうものだ」と多くの人が思っているイメージを根こそぎひっくり返してしまうほどのキャラクターだと私はおもう。


政所でお茶を飲む人は、きっと自宅で飲むときとはまるで違うおいしさにきっと気がつくはずだ。もちろんそれは、その土地で、土地のお茶を飲むという嬉しさゆえかもしれないが、水が大きな影響を持つ。


なにしろ、湯呑みのなかに入っているのは、99.9%以上が水なのだから。この地域ではいくつかの場所で山の水を汲める場所があり、わざわざ遠方から出かけてくる方もいるそうだ。すぐ近くを流れている御池川の澄み具合と冷たさといったら!


水だけでなく、このあたりでは山菜を採りに来る人も多いという。いささんは、お土産に炊いてくれたわらびを渡しながらこう言った。「山菜を採るときには、また次の年も出るように根っこは残しておくんですわ。でもよそから採りに来る人だと、根こそぎ持っていってしまう場合もあって、それだともう生えてきやしません」


この時勢だからあまり長居するのは感心できない。少しのおしゃべりを楽しみ、おいとますることになった。いささんは奥で何やら作業をしていて、しばらくすると新聞紙に包まれた手製のたくあんを持たせてくれた。


この日は息子さんも帰省しておられて、一緒に話をすることができた。「こうして出かけてきて、話をしてくださるだけでも本当にありがたいことです。励みになりますから」と言ってくださった。



いささんの平番茶は、山を少し降りたところに住んでいる山形さんの手元にあるので、次にそれを受け取りに行った。山形さんは地元の仕出し屋さんのちらし寿司を頼んでおいてくださった(僕の大好物だ!)。皆で川べりまで出て、寿司をいただきながら近況を話し合った。


地域の名産品「永源寺こんにゃく」を製造販売する「おぐら食品」が、山形さんといささんの家のちょうど間の山中にある。お店の小椋さんは「私は、ここ『奥永源寺』ではなく、もっと山を降りた『永源寺』に暮らしています。私の実家でも昔はお茶を作っていましたが、このへんでつくるような平番茶は永源寺にはないので、はじめて見たときはびっくりしましたよ」と語る。


去年、番茶としては「政所平番茶」がいちばんの稼ぎ頭だった。今年もそのポジションを譲ることはなさそうだし、これからもそのおいしさ、そしてそれが製品になるまでを担う人々の営みを地道に伝えることを継続したい。(平番茶の詳細とご購入はこちらから


なお「おぐら食品」の永源寺こんにゃくは歯ごたえ香りともに絶品なので、水無瀬の店舗が出来た暁には、きっとみなさんに賞味してもらいたい!



山形さんと別れたあと、標高の高い君ヶ畑(きみがはた)集落へ向かった。「君ヶ畑」の名前は、去年同じ名前で販売した煎茶を購入してくださった方なら覚えているとおもう。


ここでお茶づくりをする小椋武さんのもとを訪ねた。8月にお会いして以来の再会で、お預かりした煎茶も売り切れてしまったことを報告できとても嬉しい。久しぶりに飲むことができた彼の煎茶は、やはり孤高の存在だ。その香り高さと滋味深さ。去年出会ったお茶のなかでも、他が並ぶことを許さないクオリティといえる。


その秘訣は、彼が近年になって力を入れているお茶づくり「萎凋(いちょう)」だ。摘んだ葉をすぐに工場での製造にまわさない。自宅で温度管理に細心の注意をはらいながら一昼夜を過ごさせ、香りを引き出すとても根気のいる作業だ。数十年前まで、この工程は当たり前に行われていたそうだが、やがて効率化にともない現在のところ煎茶づくりにおいて実践する人は稀になった。(萎凋による香りは減点要素とみる場合もあり、その評価はさまざまだが、僕はこれが好きだ)


ときには失敗してでも、その奥深さを見極めながらのお茶づくりは本当におもしろいと小椋さんは語る。「お茶づくりは、本当におもしろい。80代に入ったし、おもしろいと思って続けられることがないとね。私にできることは、祖父の代から続く家の茶畑を預かり、そして守り、きれいな状態でこの家とともに次の世代に渡せるようにすることです」。


「茶畑、見てください」と言ってくださったので、すぐ近くにある茶畑まで歩いた。前回は繋ぎ役を果たしてくれた山形さんも一緒にいたが、今回はふたりで並んで歩く。それだけでも心躍る体験であり、素晴らしいお茶をつくる方をこうして「ひとりじめ」する時間はこの上なくかけがえのないものだ。


ほかの集落と同じく、ここでも在来種が残されている。全体におとなしく小ぶりな葉がついている様子はいかにも在来という感じで、株ごとに個性が違うため畝は見る場所によって雰囲気も違う。


写真は、施肥と落ち葉敷き、そして番茶刈りも終わった畑の様子。新芽の成長をじっくりと待つ。ちりめんじゃこの頭ほどしかない新芽がそこかしこにあったが、ここは冷涼な土地であり、また成長のゆっくりである在来種であることも相まって新茶の時期がとても遅い。(この日は、山を下りた日野の満田さんのところも訪ねた。ここも在来だが、君ヶ畑より成長が進んでいた)


この場所に、小椋さんがどれほどの強いアイデンティティを重ね合わせているかは想像に難くない。


畑を出てから、小椋さんは家までの最短コースではなく「こっちから行きましょう」と言って別ルートをとった。茶畑はもう一箇所あるので、そこへも行くのかなと思ったら、そうではない。なんでもない遠回りをして、しゃべりながら家に帰るという、ただそれだけのことだった。


僕は、遠回りがとても嬉しかった。


家に帰ると、「これは私の宝物です」といって、僕が小椋さんのことを詳しく紹介したときの記事を印刷し、8月にふたりで撮った写真も一緒に保管してくれているのを見せてくださった。お茶をお客さまに買ってもらうこと、そしておいしかったよと言ってもらうことはもちろんのことだけれども、こうして生産者が喜んでくれていることを知る喜びは他に替えられない。


「今年の煎茶も、本当に楽しみにしていますね」といって別れた。ご夫妻は、バックミラーに映らなくなるまで、ずっとそこで立って見送ってくれていた。

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