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  • 岡村 友章

ラーメン屋さんが教えてくれた農業ブームの問題



今日の記事はちょっとシリアスな顔をしているかもしれません。もしあなたが「コロナで価値観が変わった。農業に興味があるぞ」と少しでも思っているならば、ちょっとだけお時間をください。偉ぶって書きます。そして異論も大いにお待ちしています。


さてクーリエ・ジャポンが配信している記事によると、コロナウイルスの影響で100万の失業者を出したイスラエルでは、いま逆に人手不足に陥っている農業が、雇用と精神安定の受け皿として「ブーム」であるそうです。


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コロナ禍で100万人失業のイスラエルで「農業」が若者たちにブーム

https://courrier.jp/news/archives/198195/

※有料記事(10日間無料)。私は登録しました。

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ある女性は記事中でこんな風に語っています。


「コロナ禍が続く限り、私は農業を続けます。こんなふうに『歩みを止める機会』が、今後の人生でそうありますか? 農業は私にとって瞑想や禅のようなものなんです。」


私ももともと勤めていたので彼女の気持ちはわかります。週末にチャンスがやってくると、農家にアポイントメントをとり、お話を伺ったり、作業をご一緒させてもらったりしました。そのときの清々しい気持ちは(どうしても平日の自身の精神状態と比べてしまうから)今でも忘れられるものではありません。


「家にいると、考えすぎてしまうんです。ネットフリックスを見て、その後また別の犯罪ドキュメンタリーを見て、宅配で夕飯を注文して…」と、日々の仕事がストップしている航空管制官の男性も記事のなかで言っています。


他方日本でも、農林水産省がコロナウイルスの影響を受け雇止めになった人々に、研修費用や旅費をカバーする就農支援プログラムを提供することが決まっているようですね。


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コロナ失業者、農業が受け皿 研修、宿泊費支援―農水省

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020041400791&g=eco

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農業に関わる人が増えることそのものは、いいなと思っています。かつて台湾の茶工場で見たように、若者たちが流行のポップソングを大音量で流しながら作業をするような光景が、いつか日本でも見られたら頼もしいことです。


でも、少なくとも私が知っているお茶の生産者の多くは、たとえ人手の足りない状況下にあってもなお、自らの茶畑と茶工場にやすやすと人を入れて雇用の受け皿になろうと、すんなりとは思わないのではないかと考えています。


なぜかといえば、あなたがひょっとしてプライドを持ちつつも続けることの叶わなかった仕事と同じように、農家もまた栽培や加工技術にプライドを持って取り組んでいる人がたくさんいるからです。


あなたにとって農業が禅や瞑想になろうとも、ネットフリックスや宅配グルメの時間潰しの代替手段になろうとも、それは農家には関係ありません。都市の人間が考えを誤り「のどかで豊かな農業風景」をただ消費しに来ることを、プライドある農家は許さないと思います。そこは、あなたが必死で食っていくために続けてきた仕事の現場と、農家にとってはある意味で同じフィールドです。


土地、作物、伝承、加工設備…。一朝一夕で出来上がるわけではない、唯一無二の世界です。


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このように私が思うのは、地元で長年通い続けたラーメン屋さんでの恥ずかしい経験があるからです。その話を少しさせてください。


私は中学3年のころから店の常連で、3年前に店主が亡くなり閉店するまで、しょっちゅう通いました。それまでの人生のいろんな局面の話を、ラーメンを作りながらいつも親身になって話を聴いてくれたご夫妻には本当に世話になったものですし、ちょっと怖い人たちとの関係も切り抜けてきた店主の身の上話は他では聴けない魅力でいっぱいでした。


いよいよ就職し、私は公務員に準じた立場で仕事をする、ある団体の職員でした。それが3年か4年目くらいになったときのことです。はっきりいって同じことの繰り返し。新しいことを受け付けない気風に私は心底疲れているという話を店主と深夜までしてから会計を済ませ、ご夫婦は外に出て私を見送ろうとしてくれました。


そのとき私は、こう言いました。


「もし辞めたら、教えてもらってラーメン屋でもやろうかな」


そのとき彼は、へへへと笑っていたと思います。しかし私は帰宅してから、何という心無いことを相手に言ってしまったのだろうと深く反省しました。彼がどれだけ苦労して店を続けてきたかあれほど聴いてきたのに、何にも分かっていなかった。ラーメン屋は公務員より簡単な仕事なんだと、私は無意識的に認識していたのかもしれません。


そして私はすぐに詫びに行くことをしませんでした。今思い出しても、心が重たくなって泣きそうになります。そのあとも幾度となく通ったのに、何と切り出せばいいのかきっかけが掴めなくて、謝れませんでした。


しばらくして、おっちゃんは数年来患っていた病気で亡くなりました。


一年ほどしておばちゃんとたまたまお会いしたとき、私はすでにお茶屋になっていて、それで過去の発言について謝りたかったことを伝えました。するとおばちゃんは、「そんなことあったやろか。何とも思うてへんと思うけどな。あはは」と言いました。


…と、こんな出来事だったのです。


今ある仕事が嫌だからといって、簡単に別なことが出来るわけないなんて、当たり前のことです。それなのに、抜け出したくてたまらない何かがあるときには、そんなことも見えなくなるかもしれません。


望むなら、相応の気持ちでもって関わったほうがいいにきまっています。「~が嫌だから、別な…をやる」は成り立ちません。「~が嫌だから辞める/辞めざるを得なかった」というのはもちろん一人一人の決断や置かれた状況によるものです。でも、冷たい言い方ではありますが、因果として「だから…をやるんだ」には繋がらない。別々のことです。


「だから…をやるんだ」の「だから」は、あくまでもその当事者を利するものでなければいけません。利他です。あなた自身の利己はそのあとで考えることだし、ほんとうに気持ちを持って利他へと突き進んだ先には、やがて己に返ってくるものが必ずあると私は信じていますし、これは僅かだけれども3年のお茶仕事のなかで痛いほど感じています。


運もありますが、おかしな因果の行動には運は伴わないし、たまたま伴っても後で辻褄が合わなくなるのではないでしょうか。


ブームで農業に関わってはいけません。

そのかわり、違う形で関われば、農業は一生の道筋を垣間見せてくれるかもしれません。


おっちゃんに謝ることがとうとう出来なかっただらしのない私が、茶農家でもないのに、せめてもの慰みにとあなたに対して偉そうに語ったこの記事のことを、許してください。


でも、「あ、そうか」と一瞬立ち止まってくれた人が一人でもいたなら、それは小さな形で茶業に関わっている立場としては、救いです。


お茶もいいな、と思ってくださる方がいたら、私は微力を振り絞って、今あるネットワークを全部使って、全力で応援します。

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