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  • 岡村 友章

電気工事


お店の改装工事のうち、電気工事は私の父に頼んでいます。


父は数年の雇われを経てから平成元年に旗揚げし、自営業となりました。

電気工事士は家中に電線を巡らせます。それがあってこそ、スイッチひとつで明かりを点けたり、スマートフォンを充電したり、洗濯できたりします。


私が大学生のころ、ときどき父の工事現場に行って素人でもできる手伝いをしました。現場独特の雰囲気が好きでした。埃っぽくて散らかっているけれど、ふだんなら見られない建築の世界を覗けるのです。


徹夜作業の日にも何度か一緒に現場へ行きました。一段落つくと、ふたりで深夜のコンビニに行き休憩。そういうときの缶コーヒーの味は忘れがたいものです。


17年に私が起業しようとしたとき、父も母も反対しました。「自営業を甘く見ている」と何度も言われました。


確かにそうでした。私が自営業を「甘く見て」いたのは、両親がその大変さを日々の生活のなかで子どもに感じさせないようにしていたからだと思います。しかし父は言葉のうえでは反対しつつも、「おれは組織のなかではよう働かん」と常々言っていました。私が自分で仕事を興そうとすることに、どこか共感を持っていたように感じました。


起業してからは、反対していたのが嘘のように付き合ってくれています。全く業界が違うのに、父の仕事のやり方は私にとって模範であり続けています。


いつしか、店をするなら父親に電気工事をしてもらいたいなと思うようになりました。自分の店に父親の仕事の痕跡が残っていてほしかったのです。思いがけず早いタイミングで本当に店を持つことになり、ここ槇珈琲店が父親の現場になりました。


今日は祝日で大工さんたちも居ないので、そのタイミングを狙い、電線を巡らせるための基礎的な作業をしてくれました。


分電盤から無数に伸びる電線の束を持つ父親を見ていると、その電線は人の身体でいう血管のようです。血を意識しながら日々生活している人はあまり居ないでしょうが、店を続けていくためには、「店の血」といっても差し支えない電気が必要です。


この人は、空間に血を巡らせてきたのだと思いました。


もうしばらくして店が出来上がったら…試飲のための茶葉を、中華まんを包む妻の手のひらを、そして来てくれるお客さまの顔を照らす光は、父が張り巡らせた血管があってこそなのだと、明かりを点け、また消すたびに思い出すことでしょう。


それは人の仕事に対する想像です。これと同じように「ああ、これはあの農家が…」とお客さまがふと思い出してしまうような仕事をしたい。そのような着想の種を私の身体のどこかにいつしか蒔いてくれていたのは、最も身近にいる電気工事士だったのかもしれません。

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