- 岡村友章
ごはんがおいしい!船本さんの無農薬釜炒り茶。1/2

「釜炒り茶」をご存じですか?
摘んできた茶葉を直火で熱した釜で炒りあげてつくる、
すっきりした飲み口と独特の香ばしさが特徴のお茶のこと。
「緑茶」とは不発酵茶のことであり、茶葉の酸化酵素の働きを早々に止めてしまうもの。
発酵の程度により、不発酵茶(緑茶)→半発酵茶(烏龍茶)→発酵茶(紅茶)と変化します。
緑茶は、「蒸し茶」と「釜炒り茶」に大別されます。
蒸し茶の代表格は煎茶。私たちが「お茶」というとき一般的にイメージされる、
緑色で針のようにぴんと伸びたもの。その名のとおり、茶葉を蒸気で蒸し、
熱で酸化酵素を不活性化します。
釜炒り茶も加熱するという点では同じ。でも、蒸すのではなく、直火で炒ります。
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蒸し茶と釜炒り茶では、どれくらい生産量が違うと思いますか?
平成23年のデータによれば、全国の荒茶生産量は82,100トンでした。
(荒茶というのは、茶葉の裁断や選別を行う前のざっくりした状態のお茶のこと)
そのうち、蒸し茶は約80,000トン。
釜炒り茶を含むカテゴリー「玉緑茶」は約2,000トンでした。
玉緑茶のすべてが釜炒りではないため、
釜炒り茶の生産は全体のうち2%あるかないかという程度なんです。
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もともと、釜炒り茶は大陸から九州に伝わったのち、
庶民のお茶として一般的に作られていました。
しかし江戸時代に煎茶製法が開発され江戸を中心に好評となり、
やがて大量生産が可能となる生産ラインの開発等にともない釜炒り茶を凌駕します。
大量生産に向かないため手間がかかるうえ、価格は煎茶に劣ることもある釜炒り茶。
でも、その釜炒り茶と真摯に向き合う農家はいまなお全国に点在しています。
そのひとつが 熊本県八代市泉町(旧泉村)で無農薬の釜炒り茶づくりにこだわる、船本一家。
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船本さんのご自宅は泉町・栗木地区。
家のすぐ下と上が茶畑で、在来種や「やぶきた」「おくゆたか」
「さやまかおり」等が植えられています。
以前、泉町では釜炒り茶の生産が盛んだったそうですが、
今では船本家が最後の一軒。残る農家はみな、蒸し製のお茶を自製するか、
近くの茶工場に茶葉を持ち込みます。
今年で80歳になるのが、釜炒り茶師・船本繁男さん。
去年に引き続き彼のもとを訪ねてお茶づくりの話を伺いました。
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ちょうど5月のはじめでお茶づくりが始まる時期。
今は長男の弘之さんが中心となって釜炒り茶をつくっていますが、
それでも繁男さんやその奥さん、それに普段は福岡で暮らす長女さんも駆けつけて
家族総出の仕事です。

刈り取った茶葉はこんなふうに床に敷き詰めて、少し萎れさせます。
こうすることで茶葉の酵素がはたらき、なんともいえない涼しく爽やかな香りが生まれる大切なプロセス。萎れると茶葉が水分を若干失い、その後の乾燥工程もしやすいといわれています。
「重量で、10%くらい減ったところがちょうどいいな」と繁男さん。
このあと釜炒りの工程に進むのですが、実は船本家で作られる釜炒り茶は2種類。
そのひとつが「森式連続炒り葉機」を使用したお茶。
伝統的な釜炒り茶の製法に、やや効率をプラスした製法です。
(当店では「かまいりじまん 黄」として販売しています)
もうひとつが、「カネコ式炒り葉機」(通称:丸釜)と呼ばれるもの。
昭和20年代の機械を使ったこのお茶が、「青柳(あおやぎ)製釜炒り茶」です。
炒り葉の段階から丸釜を使うのは、県下ではたったの2名しかいないといわれます。
今回は、後者からお話を進めたいと思います。
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じつは繁男さん、今年は「青柳」をやめようかと思っていたとのこと。
たいへん手間がかかるうえ、少量ずつしか作ることのできないお茶なのです。
繁男さんは「キロ5万円で売らないと、割に合わない」といいます。
そういう訳で、すでに主力は弘之さんが中心でつくる森式釜炒り茶なのです。
しかし私が直接訪ね、その作り方を生で見たい!と、せがんだがために
「あんたが見たいというから、つくってみるか」と腰を上げてくれたのです。
私は有頂天になり、大物歌手のパフォーマンスを最前列よりももっと前で
見るような気持で彼の一挙手一投足をしかと見届けました…

↑ これが丸釜。プロパンガスを使用し、釜底は350~400度くらいまで上がります。
※8/11訂正:当初「プロパンガス」ではなく「重油」と誤記がありました。
繁男さんは丸釜の前に立ち、顔に感じる熱気から葉を投入する機会を伺うのです。
生葉を投入。すぐさまバチバチと爆ぜるような音と白煙。
早くも青々しくて甘い香りがあたりに立ち込めるとともに、
釜に取り付けたフードをいったん被せます。
漏れ出る臭いに青臭さが無くなれば、炒り葉もおしまい。
まだしっとりと湿った葉を取り出して、次の工程「揉捻(じゅうねん)」へ。

↑ 揉捻機です。ここに葉を投入し、上から重石で圧力をかける。
同時に寸動が時計回りに回転し、茶葉が揉みこまれるという仕組みです。
茶葉に残る水分を均一に絞り出し、効率的に乾燥させることが狙い。

↑ 水乾(すいかん)の工程。
ガス火で熱したドラムのなかに茶葉を投入し、乾燥を進めます。
胴の部分にはチョークで工程管理のメモ書きがいっぱい。
どこの茶工場に行ってもみられる光景です。
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このあと、再び丸釜を使用してさらに茶葉を乾燥させ、締めます。
選別等仕上げの工程を経て、完成。

青柳製釜炒り茶。
「森式」に比べると生産効率が四分の一にもなる、希少なお茶です。
(一時間あたり生葉10kgほどしか処理できない)
スモーキーな香りは、燻した樽で熟成させた洋酒にも似ています。
強い芳香とは裏腹に煎を進めても胃に負担を感じにくく、優しいお茶であることを体感します。
このお茶を少しずつすすりながら頂くご飯は格別。
日常茶の一つの到達点として、気兼ねなく味わいたい。
でも船本さんは、このお茶に決して満足することがありません。
「今までに『完璧』と思ったことは一度もないけど、
いいやつは3年くらい経てばおいしく感じるな」。
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出来立ての荒茶をご家族皆で飲みました。
長女さん「お父ちゃん、今年のは例年より大人しいけど、優しくてうまいよ!」
繁男さん「うん、わりとよくできたかな」
80にもなる繁男さんの体をいたわりながらのことば。
「うまくない」なんてことは、決してないのだろうなと思いました。
お茶をずっと家族で作ってきた積み重ねが、
短いけれど温かさのこもったことばの中に感じられます。
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そのまま船本家の豪華なごちそうをよばれて、わいわいと楽しい談笑。
少し濃い目の味付けをした煮物やお漬物と、船本家の釜炒り茶はまさに最高の相性です。
さっぱりと香ばしくて食事の次の一口がどんどんと進みます。
実はこの日は体調がよくなかった私ですが、気づけば普段の倍くらいは食べていました。
おいしさのあまり体調のことを忘れるという体験…
夜も近くなったのでおいとまの時間。この日は水俣へ移動しなければならなかったのです。
「これ、持っていきな」と、さっき出来たばかりの荒茶を淹れたポットと
お弁当、おやつをもたせてくれました。
「また帰っておいでね、お嫁さんや娘ちゃんも連れておいで」という言葉に
ちょろりと泣きそうになりながら…船本家をあとにしました。
また次はいつ来られるかな?
血縁はなくても、「熊本のふるさと」と思えるような土地です。

遠く大阪に住んでいても、このお茶さえあれば。
いつでも、あの家族に会える。そんな気持ちになれるお茶です。