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  • 岡村 友章

満田製茶 12日目7月6日 / 危なっかしい

また1週間がはじまった。


朝ごはんは、ご飯、みそ汁、梅干し、日野菜の漬物、トマト、バナナ、ヨーグルト、お茶。


僕の家には3年くらい前からテレビがない。でも1人で出張するときなどは、何となく点けてみる。話す相手がいないのでラジオがわりだ。ごちゃごちゃ言う番組ではなく、当たり障りないものを点けておく。


九州の豪雨被害の報せが聞こえる。取引先も被害を受けている。心配だが、日野にいる僕にできることは、茶と向き合うことだ。それが最善のことだと信じている。


出勤すると、久樹さんがもう動ける格好になっていた。いつもの、ほんのちょっとだけ前のめりの歩き方でいそいそと何やら準備している。

「今日はまず、冷蔵庫からトラックに50本ほど茶ぁを積みます」

週明けからいきなり体をしっかり使う作業だ。ひとつ30kgほどある茶の袋を、フォークリフトを活用しつつ、トラックの荷台にどんどん動かしていく。これらは明日、満田製茶のお客さんのところへ届けられるのだ。

腰と膝を意識して、疲れにくい作業方法を探る。久樹さんの動き方も横目で見る。盗む。


久樹さんの仕事ぶりを通じ、問屋が生産者と小売業者の間に入ることの積極的な意味を学んでいる。まず問屋があることで、相場が闇雲に変動することを防ぎ、流通価格の安定に貢献している。(生産者が小売事業者と直接取引をすることには、リスクもあるのだ)

それから問屋は目利きだ。彼等が出そろう入札会場で、問屋同士のせめぎ合いを経て、品質に応じた価格が提示される。一度の購入量は小売店の比にならない場合も多いと思われるため、このことは生産者が安心して茶をつくるモチベーションにもなり、またプロの集団の目に晒されるというストレスがあることで、馴れ合いではなく品質本位の取引を自然と促す役割があるだろう。


僕は「生産者から直接、少量を買う」という真逆の手法をとっている。というか、そうせざるを得ないから、その良さを磨き上げようと苦心している。

そうは言っても、満田製茶の茶の取り扱い量には舌を巻くばかりだ。注目すべきは、満田製茶はまだ新しい会社であるということだ。久樹さんのおじいさんが、戦後になってから始めた商売であって、滋賀県内の業者が掲げている古い看板はここには無い。

新参としての度重なる営業努力を感じざるを得ない。


昼休み、電話が鳴った。東近江警察署からだった。思い当たることはひとつしかない。木曜日に紛失したアパートのカードキーだ。

果たしてそのとおり、鍵はどなたかが日野町内で拾って、交番に届けてくれたのだ!久樹さんにそのことを伝え、急遽予定を変更して、昼からは東近江警察署を訪ねることになった。


近江鉄道の日野駅から八日市駅へ。乗客の数は本当に少ない。八日市駅からしばらく歩いて、警察署に入る。遺失物の担当窓口で免許証を提示して、もう決して戻らぬと思い込んでいた鍵と再会した。


「きみがどこかに行ってしまったことで、塩むすび運転士や、祖母の同級生に出会うことができたよ」と心の中で語りかける。(前記事参照)

いずれにしても、鍵を拾ってくれた方には本当に心からお礼を言いたい。

「えっ、もう帰ってきたん。早いな!」と、煎茶の選別作業を進める久樹さんが笑う。この人と仕事をしていると楽しい。

煎茶の選別作業をしばらく一緒に進めたのち、今日は僕と久樹さんを訪ねてお客さまがあった。2年くらい前に出店先で出会った、日野に暮らすEさんだ。彼女は日野に移住して、密接に農業とかかわる暮らしをしている。


日野ならではの田舎事情や、選挙のこと、有機農業のことなど話が次から次へと移り、気がついたら18時半くらいになっていた。日野を舞台に活躍するふたりの会話はすこし羨ましくもあった。人間くさい話、すごくいい。


「岡村さんは、どうして満田さんのところで滞在することになったのですか」とEさんが尋ねてくれた。僕は彼のことを知り、最初に連絡した5年前のある日のことから話をした。


「…という訳で、ここでしばらく世話になることになりました。ここのお茶はおいしいんです。30年も無農薬やってるのに、言うほどアピールもせず地味にやってる。そういうところに惹かれて。無農薬有機栽培で在来種といっても必ずおいしい訳ではない。こういう生産者のことをもっと都会の人に知ってほしくて」

久樹さんが言った。

「岡村くんが来るんで、除草剤、まけへんようになってしもたわ。あはは。僕は、自分の茶がいちばんうまいとは思ってません。もっとええ茶をつくる人はいくらでもいてる。そやけどウチの茶はやっぱり飲み慣れてるし、飲みやすいから好き。それにしても岡村くん、危なっかしいでね。仕事辞めてお茶屋になるっていうんで、それはやめとけといって止めたけんど、ほんまに辞めやった。ちょっと頑固なところがあるから、危なっかしくて、お茶のことをいろいろ見てほしかったのと、それから何かと人手も足りんから、来てもらってます。」

もはやお父さんが息子に言いそうなセリフだ。

「岡村くんね、いい感性で茶をみるねん。それに、一緒に仕事してると楽しいです。頑固やから」

照れる。嬉しい。来てよかった。そんなことを言ってくれるなんて。Eさんが引き出してくれたのだ。


Eさんが帰った後、久樹さんはそそくさと工場に戻って片付けを始めた。

「なんかやり残したことありませんか」

「ああ今日はもうええよ。あがってあがって」

久樹さんは照れ隠しをしているように見えたが、それはたぶん僕がそう思っているだけだ。


帰り道、地元の小さな商店である「八百助」さんで魚を買う。近くの大型スーパーとは違って、とても新鮮で味の良い魚を置いている。

今日はしめ鯖を買って帰った。大雨でびしょびしょになりながらも帰宅して、雨で冷えた体をあつあつの風呂で温めた。


一歩ずつ日野の町の人たちと距離を縮めていく。

食後、八日市で買い求めたあるお茶屋に並ぶ新茶を淹れた。おいしい。

油断すると茶のことばっかり考えている。

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