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  • 岡村 友章

日野 4日目 6月25日 / 狐草

満田製茶の期間限定社員として働くのも4日目。雨の予報だったけれど出勤時間は曇り。


8時きっかりに到着すると、久樹さんはすでに3種類の茶をテーブルの上に並べてそれを睨んでいる。

「おはようございます。岡村くん、こんなかで、ええ茶はどれやと思う」と抜き打ちテストが始まった。ちょっと待って。まだタイムカードを押して3分も経っていない。


10秒ほど考え、そのうちのひとつを指して「これです」と答えた。


久樹さんは「うん」と小さく言い、片方の口角だけちょっと上げる例の笑みを作る。正解だったようだ。

「ええ茶を見るのはほんまに難しいんです。10年かかる。10年かけて、たくさんのお茶を見続けるねん」

満田製茶は自園自製の茶をつくるのみならず、茶の問屋でもある。つまり生産者から入札で仕入れて小売店に販売している。僕はその会場に入ったことはないが、問屋と小売店がそこにやってくる。一番茶の入札は本当にピリピリしており、心の探り合いも多々あるそうだ。そのような状況のなかで、多数並ぶ見本を観察し、買いたいものに対して価格を提示する。最高額の提示者が落札する。

それは個人の嗜好を超えた価値判断だ。市場と世の中の複雑な動きを読み、なおかつ観察眼にもとづいた価格提示をする。僕がやっているお茶の選び方とは全く違う世界だ。

「茶をみる目がなかったら、騙される。狐が人を化かすことから、茶は狐草って言われるの。そういうもんやねん。茶は。」


そうして午前は草取りをすることになった。雨の降らないうちに外で出来る仕事をする。

黙々とやり続ける。ショートカットはない。久樹さんとお父さんの草の取り方を観察していると、少しやり方が違うことに気がついた。それを考えながら昼休憩に入るとき、久樹さんが言った。

「こういう根気のいる草取りみたいな仕事のやり方には、人間が出る。取ったあとを見たら、一発でわかるねん。ああ、こういう人やねんなって。草とりが1番分かりやすい」

そして彼は軽トラックのハンドルをさばきつつ、横目で僕を見た。震え上がった。今のは一般論か?それとも?


久樹さんは、仕事のやり方や、茶の出来具合をみて、その人物の内面を見抜く眼の落ち主だ。この人の前ではあらゆるごまかしが効かないと僕は心に命じた。



今日はお父さんとお茶を飲みながら2人で話をするチャンスがあり、そこで興味深い話を聞いた。


戦時中、日野出身の陸軍連隊長と連隊副長がいた。隊長はあるとき直撃弾で命を落としたが、副長は戦後も日野で商売を営み平和に暮らしたそうだ。


元副長がお父さんのもとを訪ね世間話をするなかで、お父さんは何気なく連隊長の名を出した。すると元副長は突然シャキッと居直って直立し、戦後数十年も経っていたにも関わらず、隊長の名を最敬礼のニュアンスを込めて呼んだそうだ。


戦争が彼の心に染みついているのだ。


午後、久樹さんと僕はトラックに乗って仕入れ先に向かった。


車中、彼は商売をすることについて自らの経験からあらゆるアドバイスを授けてくれた。しかし満田製茶と僕の事業は、物量がかけ離れており、気の遠くなるような数字がたびたび登場する。


そこで正直に言った。


「規模が違いすぎて、頭が付いていきません。でも、久樹さんのところのように一定の物量でお茶を動かせるところがあるからこそ、産業としてやっていけるんですね。僕のような小さな事業者にはそのような役割は果たせない。一度の仕入れで多くても10kgですよ」


久樹さんはこう応えた。

「でもね、岡村くんが出入りして、報われる人がおるねん。ウチもそう。ウチの無農薬の在来が好いって言って、買いに来てくれる。やり甲斐があります」


その言葉にどれだけ救われる気持ちがしたか。こんなに素直に言葉にしてくれる人と出会えて、本当によかったと思う。


何があってもこの人のお茶、というかこの人のことを、きちんと紹介し続けなければならないと誓う。何のために?それはうまく言葉にならない。でも、そうしなければならないという強烈な衝動を感じる。



重たいお茶の積み下ろしを終えて、久樹さんと僕は彼が落札した茶を並べて鑑定することになった。

5種類の煎茶が登場する。


やな予感がした直後に、また久樹さんが言った。

「どれがええ茶やと思う」


もう迷わずに直感で僕は答えた。


「特においしそうに思えるのはこれ。その次がこれ。佇まいに力があるし、光の照り返しも綺麗。それから、これだけはおいしそうに見えない。痩せてる。でも、これは直感ですよ。」


久樹さんは頷いて応えた。


「その感覚は大事にしたほうがええ。お茶屋さんでもな、他の人が『これがいい』って言うと、あとの人が釣られるようにして同じ茶を『いい』と言うことがよくあるから」

次に湯を注いで香りを確かめ、さらに実際に飲む。

「どう思う」とまた聞かれたので、思うことを遠慮なしに全部言った。たとえそれらすべてが、満田製茶が落札した茶であるとしても、遠慮せずに全て表現した。


そのあと久樹さんの空気が変わって、それらを売る問屋として茶を見、集中する時間が続いた。しかし長くは続かなかった。彼は、よし、と言うとマジックで何やら見本の袋に書き込んだ。それは見てはならないような気がしたので僕は目を逸らした。

次に彼が持ってきたのは、ある産地のお茶2種だった。そこの土地のお茶は、それとわかる風格に満ちている。いずれも旨味を主体としつつも、産地ならではの独特の香りを持つ。

聞かれる前に僕は言った。


「右のほうが、ええ茶」

「一般的には左のほうがええ茶。ちょっと両方飲んでみよか」

「(両方飲んで)どっちも好きではないです。ベロで感じる味は豊かですが、身体に入ってからがすごくしんどい。さっきの5種ではたくさん飲んでもそれを感じなかったのに、この2種はちょっと飲むだけで胸が締まります。でも右のほうがまだマシ」

「一般には左がええ茶なんやけんど、岡村くんの価値基準では右。だから、さっき右と答えたのはある意味間違いやし、ある意味正解」

「…市場の価値が、やっぱりよくわかりません」


そのあと僕たちは再製工場で作業をした。ある生産者から預けられた茶葉を「柳」と呼ばれる状態に加工するものだ。本当にここは、何でもやる場所なのだ。茶業の百科事典のようだ。



機器の使い方を教えてもらう。いつの間にか久樹さんは居なくなって、僕はほったらかしになった。それでも何とかなった。よかった。



5時にあがってアパートに帰って夕食を済ますと、久樹さんからもらった今年の新茶(在来種とやぶきた種)を忘れてきたことに気がついた。7時半、またバイクを飛ばして事務所へ向かうと寝巻きの久樹さんが出てきた。


アパートに戻って新茶を淹れて飲んでみた。


まだ4日目だが、その風味がどれほどの手間の結果出来上がっているかを改めてひとつひとつ体験していることもあり、感動するくらいにおいしかった。本当においしいときには心が震える。理屈は関係ない。

明日は金曜日。週末はフリーになるので予定を立てるのが楽しみだ。

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