検索
  • 岡村 友章

あの、実はいま近くにいるんです


しばらく催事に出店することもありませんので、これまでのご縁を振り返りつつ、お茶を改めて紹介してみようと思います。


私が初めてお会いした茶農家である北田耕平さんと、北田家の焙じ番茶のこと。


朝日が昇りつつある時間でしたので、記事にする前にベランダにテーブルを運び出して焙じ番茶を淹れてゆっくり飲みました。内から温まる番茶のおいしさと、外からじんわりあたたまる初夏の光の組み合わせは嬉しいものです。この番茶を販売させてもらえるようになってから、4年と少しが経過しました。


さてはじめに、焙じ番茶についてお話をしましょう。このお茶は3月ごろに刈り取られるので春番茶(はるばん)とも呼ばれます。前年の秋冬からじっと茶樹の表面で寒さに耐え、その下から伸びてくる新芽を冬季に守る大切な役目もあります。


硬い春番茶を刈り取り、蒸し、揉み、乾燥させます。それを特注の焙煎機を使って深く火を入れることで、あのさっぱりとした香ばしさが生まれます。もともと春番茶は自然な甘さをもつお茶ですが、このお茶の場合には焙煎ゆえあまり甘さを感じません。(同時期に製造され焙煎を経ない山添の釜炒り晩茶や政所の平番茶は、甘く感じます)


※越冬した茶葉が甘いのは、凍結から身を守るために茶葉が自ら糖度を高めているためではないかと私は考えています。


硬い番茶にはカフェインがあまり含まれていないために刺激が弱く、焙煎ゆえのさっぱりした口当たりもあって幅広い年齢の方が親しみやすい日常のお茶です。


このお茶をつくる北田さんは、先述のとおり私がはじめてお会いした茶農家。現場第一のライター、飯田辰彦さんの著書「日本茶の『勘所』」に登場した耕平さんとご子息の卓也さんのお話からは、お人柄や茶に対する考え方を存分に感じることが出来ました。会ってみたいなと思った私は、事前に連絡もせず、冬のある日に本に書かれていた住所をたよりにして車を走らせました。茶畑を見ても「あれは、お茶だよな…?」と確信がもてないころの話です。


本に載っていた住所の近くまで来ましたが、人の気配がありません。添えてある電話番号に発信すると男性が出てくれて、私は「あの、実はいま近くにいるんですけれど、お茶の話を聴かせてもらえませんか」とたどたどしく伝えました。


しばらくすると白髪の男性が出てきてくれて、それが北田耕平さんでした。嫌な顔ひとつせず、でもちょっとクールな耕平さんは、工場の横にある事務室に私を通して、何にも知らない私にお茶づくりのこと、お茶が置かれている困難な状況などを熱く話してくださいました。


しかし私は、実のところこの話の内容をほとんど覚えていません。農家に会えたという事実だけでお腹がいっぱいになっていました。でも見たものや肌で感じた空気は覚えています。寒くてピンと張りつめた事務室の空気。耕平さんが煎茶を淹れてくれる様子。茶工場に並ぶ、名前も役割もわからない重厚な機械の佇まい。どれもこれも新鮮で、同じことの繰り返しの仕事に飽き飽きしてしまっていた私は、童心に帰ったような心地でした。


若いのにお茶に興味があるなんて珍しい、と耕平さんは言いました。しかし私には必然だったので、珍しいと感じたことがありません。


帰りの車中、ハンドルさばきとアクセル踏みは往路と全く違っていました。さながらちょっとした小芝居のような陽気さで、「会えた!会えた!」と喜びに満ちていました。


今はちょっと理屈っぽくお茶のことを捉えたり人に話したりすることが多いのですが、このときの気持ちは真っ白な紙にはじめて何かを書くときのようなものでした。今でもそうあるべきだと思っていますが、これはとてもむずかしいことです。人はちょっと知っていると、けっこう知った気になってしまう。でも本当は全然知らないのです。


奇しくも「白い紙」のことは、Snip!のお二人が執筆した本「Snip!第2号」でも紹介されています。この本が縁で私も昨秋に訪ねた、台湾・鶯歌に住む禅老師の言葉です。


「知識をひけらかし、自分のほうが知っているという態度の人は、大事なことを受け取る余白がありません」



日常のお茶です。急須、やかん、水出し。どれでも大丈夫。


焙じ番茶


滋賀県 甲賀市 朝宮

北田耕平・卓也 作

慣行栽培 やぶきた種

500円 / 110g


オンラインストアはこちら

© 2015-2020 by にほんちゃギャラリーおかむら