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  • 岡村 友章

岡村君がえらいときは僕もえらい


埼玉県での販売から大阪の自宅に戻ったのは日曜深夜。ちょうど日付が変わったころだった。溜まった事務作業などをなんとか片付けて、風呂に飛び込み、そのままぐったりと眠って4時間ほど。


5時に目覚めた僕は、紅茶で世話になっている岩永さんが送ってくれたフキノトウ味噌をご飯にのせ、お茶を淹れてかきこんだ。春の香りに身体もさわやかに目が覚めて、心配性ゆえ恐らく不要なものまで詰め込んだ大きなリュックを背負って、自宅からJR島本駅まで15分ほど歩いた。


滋賀県の満田久樹さんの茶畑で、日雇いの仕事をする。彼は祖父の時代から茶業を営む家の3代目で、栽培・製茶だけでなく、仕上げ作業、はたまた自身も茶商として仕入れ販売を行う何でも屋だ。2015年に出会って以来のお付き合いになる。


朝の空気はまだそれなりの寒さを帯びているけれど、昇ったばかりの朝日から受ける陽光はもう春を伝えていた。ヘタばかり残った柿の木に去りし秋を感じ、しかし今年は来るのを忘れていたかのような冬の背中も見えない。そのぶん春は早めに来ているようだ。


誰かが摘み忘れた野菜から出た菜花。はちきれそうな桜のつぼみ。重力に逆らって樹に生っている重そうな柑橘の実。


電車は人気も少なく、京都駅を過ぎてJR草津駅で降りた。草津線に乗り換えて貴生川(きぶかわ)駅まで乗り、そこからは近江鉄道だ。水口(みなくち)のあたりで一気に人がいなくなり、日野へ向かう人間はぼくただ一人となってしまった。


日野駅で降りると、久樹さんの奥様が迎えに来てくれていた。


9時前、満田家に到着すると、もう早くから作業をしていたと思しき作業着の彼が出てきてくれた。彼は畑仕事や工場の稼働がないときにはすごく穏やかに見えるけれど、ひとたび畑や工場だとなれば、体つきや視線の鋭さ、言葉の切れ味がどこか違って感じられる。これは彼だけではない。どの茶農家と会ったときでも、感じることだ。


「じゃ、お願いします」と彼は言って軍手を僕に渡し、家の裏にある畑へ入った。


「春番茶の刈りは、やったことあんの?」


「いえ、一番茶の刈りなら何度かありますが、春番茶はありません」


「じゃあ、ちょっとやってみるから見てて」


※春番茶は、2~3月ごろに刈る茶葉をいう。前年の秋冬から残っており、硬く繊維質で、製茶して飲むと特徴的な甘さがある。「政所平番茶」や「山添 天日干し釜炒り晩茶」が当店では該当している。今回私たちは製茶はせずに、表面を刈って畝間に落とした。これはやがて分解され土に還る。散髪ともいうべき整枝によって、一番茶がきれいに出そろうことを目的にしている。


👇刈りの様子

https://youtu.be/fLNR2OpV8Ug


右にいるのが久樹さん。茶の畝を挟むようにして刈り機を二人で持ち、息を合わせて進んでいく。簡単にやっているように見えて意外と奥の深い作業だ。足の運び方、持つ高さによって微妙に変わる摘採面。慣れてくると、軽く引いたり押したりして、言葉にせずとも意思を伝えあうことができる。


「もうちょっとそっち側に。でないと刈りすぎる」「少しこっちに。天井が刈れない」「低くして」「遅い」こんなことを無言で伝え合う。微妙にしか伝わってこないけれど、畝の向こう側にいる満田さんの意志を汲み取りながらどうにかついていく。


「岡村君がえらい(しんどい)ときは、僕もえらい。僕がえらいときは、岡村君もえらい。これはそういう機械」


それにしてもこの機械は混合油で動いているのだけれども、間近で持っているとものすごい轟音がするし、激しく振動する。農家には当たり前のしろものでも、僕のような軟弱な人間にとっては、耳はキンキンするし、振動が手に残って痺れるし、楽なものではない。


「僕らは慣れてるけどなぁ」と涼しい顔の久樹さん。


やがて休憩になった。事務所に戻って、ストーブを囲みお茶と甘いものをいただく。話題はもっぱら新型コロナウイルスと、そしてどうやったらお茶がもうちょっと売れるか、だった。日野町でも催しごとはことごとく中止に追い込まれており、少し先の5月のものすら中止が決まっているようだ。なかには毎年の神事も含まれていて、「そんなして、神様は怒らへんかなあ。今年は遊びに来よらんって言って」と久樹さんはぽつりと言った。僕は彼のそういう感覚が好きだ。


「こんなんが配られてきた」といって彼が見せてくれたのは、業界団体がこの騒ぎに乗じてお茶を売ろうとしているのが見え透いている新しいチラシだった。「細菌・ウイルスをブロック!」「毎日お茶でうがいをしよう」「カテキンで抗ウイルス」…


こうした売り方に傾き過ぎれば、日本茶をどのような方向に導くか、それが何を招くか、久樹さんはよくわかっている人だ。彼はお茶の健康効果を無視はしないでも、それを前面に出すことをしない。外見の美しさや品評会で評価を得る香味になびかず、子どものころから慣れ親しんだ素朴なお茶をつくっている。


彼は25年あまりも無農薬有機栽培を続けている。農薬散布により近隣に心配をかけず、子どもたちを畑から遠ざける必要もなく、皆が心配せず楽しめるお茶を作ってきた。そして何より、ちゃんとおいしいお茶を…しかし無農薬に取り組み始めた当初、彼を笑う人は多かった。現在ほど、農薬に対して世間が関心を向けることはなかった。「無農薬なんて」「必死で草取りして」「薬があるのに」「虫がわいたらどうする」。


彼は安心安全だけを目的とせず、飲んでおいしいものを作ろうとしている。それだから、「カテキンでウイルスブロック」といった類のPRに乗っかることがない。カテキンさえ得られればいいのならば、どこにでも売っている粉末緑茶を熱湯で溶いて飲めば事足りるのだ。


日本で人々が永いこと親しんできたお茶とは、そういうものなのだろうか?久樹さんのような人間を前にしてもなお、私たちはお茶を飲み健康にさえなることができればいいのだろうか?


話が逸れてしまった。ごめんなさい。


刈り機は燃料補給と油さしを頻繁に行わなければならない。油のさし方ひとつとっても、彼の丁寧さはきっと誰もが意識せざるを得ないだろう。(写真はガソリン補給の様子。彼は油をさすときは機械を樹から離して行っている。噴霧が飛ぶからだ)


だんだんと互いが互いのやり方に慣れてきて、言葉が少なくなっていく。バリバリという轟音とともに刈る。畝を移動する。硬い枝葉の多いところでは機械が詰まるので小停止。ガソリンが切れ、補給、そして油をさす。よいしょと機械を持ち上げ、淡々と刈り続ける。


「だいぶ慣れてもろたから、僕もぜんぜんえらいことないし、楽ですわ。正直、春番がはじめてやったら、ここまでできひん。うまいと思います」


「帰れと言われたらどうしよと心配でした」と言う私を久樹さんは笑っていました。「ふふふ。新茶のときも来てください。刈るだけやなくて、ウチには製造の工場もあるし、仕上げ加工の設備もある。農業だけやなくてお茶屋の仕事もあるから、仕入れの会場にもよかったら連れていってあげますわ。勉強になる」


そうして私たちは1町あまりの畑をすべて刈りならし、私だけ筋肉痛になった。けれど、清々しい疲れ方だった。



2日間の仕事を終えた。彼はJR貴生川駅まで僕を送り届けてくれるという。車中、私たちはたくさんの話をした。貴生川駅に着いても話し足りなくて、ロータリーで喋った。


いったいどうすれば私は、彼の気持ちを言葉にして、無理な化粧もせず、また不用意に何かを剥ぐこともせず、みなさんにお伝えできるのだろうか。聞けば聞くほどに、関われば関わるほどに、自分が足を踏み入れた世界の奥行きの果てしないことを知る。 先週、ドイツの女性と満田さんを訪ねた際、私たちはこんな話をした。 If you think you know... boom. Your learning comes to an end. We don’t know. Curiosity is a key. Just like our children.


...


私は言った。「日本茶の世界のおもしろさと、お茶を通じて人が優しくしてくれることを知ったときのときめき。それを今でも初心に据えています。簡単にねじ曲げて、直感や信念と違うことはできません。そうしてしまったときは、もう僕じゃなくてもできることになってしまう。それじゃあ意味がない。満田さんたち心ある農家のことも、曲がった伝わり方をしてしまいます。そういう迷惑はかけられません」 「岡村くんはこだわりすぎるところがあるから...でも岡村くんみたいな人たちが扱っているお茶がきちんと評価され、日の目を見るときが来ると僕は思てます。時間はかかるやろけどね。僕なんか自分の農業を理解してもらうのに25年もかけてるんやから」 「小さな変化ではあっても、少しずつ希望の見えることはあります。楽じゃないけど」


「小売店は楽です。仕入れたいときに仕入れたらええから。うちもそうやけど、問屋は大変。仕入れないと戦えへん。でもお茶はどんどん売れなくなっていく。安く売って、小さい利益でまわしてるだけ。それに、自分の畑のお茶やって割にあわへんのです。無農薬有機栽培ってお金がかかる。有機肥料は化成肥料の3倍する。肥料だけで去年〇〇万円かかった。で、ウチの自園でできる荒茶の量が〇〇キロ。岡村くんに売ってる値段ベースで考えてみて。工場の維持費に人件費もある。…な、割にあわんやろ。だから、自園のお茶は、『こんなお茶もやってます』という宣伝ぐらいのものやと思てる。ほとんど意地でやっとるね」


「そしたら、キロあたりいくらで売れたら問題なくまわしていけるんですか」


「〇〇円くらい。でも岡村くんがその値段で買ったら、たぶんお客さんには売れへんよ」


「でも、やれることをやりましょう。このままではいけない」


「…岡村くん、公務員やっとけばよかったのに。僕やったら、あなたみたいに辞めたりせんと続けるで」

「定年まで待つのは無理です。定年してからこんなことは出来ません。いずれにしても僕は幸せです」 「...奥さん大事にするんやで。ほんまにやで」 最後にそうして釘を刺されてから、私たちは別れた。きびしい風向きの話もたくさんあったが、僕には嬉しい時間だった。


彼のことは5年前に本で読んで知った。同書で彼は、確か「事務員ふうの優男」という感じに書かれていたが、まったくそんなではない。


気概ある格好いい茶農家だ。


5年後、僕は彼と一緒に茶刈りをした。そのことだけでも感慨深くて、疲労にも関わらず自宅までの家路はなんだか足取りも軽かった。


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久樹さんのお茶はこちら。身体に無理のかからない、優しくも芯のあるお茶です。


●日野荒茶

あえて切断などの仕上げ加工の一部を省いた素朴な煎茶 在来種

https://chaokamura.base.shop/items/19206462


●日野焙じ茶

砂炒りによる至高の香り高さ 在来種

https://chaokamura.base.shop/items/19374341

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