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  • 岡村 友章

中村佳穂さんのこと



歌手の中村佳穂さんをご存じでしょうか。


彼女は、私にとって恩人なのです。今日はその話を。


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ことのきっかけは、私の暮らす大阪府島本町と、隣町である京都府大山崎町にて撮影された映画「家路」でした。この映画は、折小野和広さんがメガホンをとり、地域の人々の温かな交わりのなかで生まれました。今もウェブサイトが残っています。


「家路」公式ウェブサイト


私、ご縁があってこの映画のなかで若い医師を演じる役を頂戴し、冒頭で登場しております。なんと緊張したことか。


中村佳穂さんは、この映画の劇中歌を担当しています。


昨年の話題作『AINOU』から2作前のアルバム『口うつしロマンス』を水無瀬駅前の長谷川書店で購入した私。当時はまだお茶屋として正式なスタートを切っておらず、京都市内のオフィスに通勤する車内でこのCDを繰り返し聴いていました。


『口うつしロマンス』は、佳穂さんの歌とキーボードを中心に全編が構成されています。なんだか初めて聴くグルーヴだけど、気持ちの芯にたしかに響く旋律とついつい聴きこんでしまう佳穂さんのタフ&センシティブな声。何度聴いてもまた初めから再生してしまう、そんな作品です。


当時、平日は勤めながら、土日になると機会をみて茶農家の方々と会うのを繰り返していました。ただお茶を取り寄せて飲むだけでは飽き足らず、現場を知りたくなったのです。


今でも忘れられません。ある日、南山城村にお住まいの布施田さんのところへお邪魔したその帰り道のこと。農家と話ができた!という嬉しさを胸に、山の斜面を車で下りました。眺めがよくて、京都の平地が見えていたのです。佳穂さんの歌がいつものように大きな音量で流れて、まるで声の大波が後ろから、そして底からやってきたような感覚にとらわれました。


そうして、どういう訳か、こう思いました。


「仕事辞めて、お茶屋をやりたいな。」


私は直属の上司にこのことを相談しました。しかし決断しきれないままに第1子が誕生し、私は「ひとまず」1年間の育児休業を申請して快く受け入れて頂きました。


育児休業で得たこと感じたことはここでは書ききれませんが、ともかくかけがえのない時間だったことは確かです。また、このころ51歳の母親を癌で亡くしました。2016年、暑くてたまらない8月のこと。


あまりにも多くを感じ、笑い、怒り、涙も枯れる思いをした時期。どうやって生きていこうかと、よだれを垂らす愛娘の顔を見ながら悶々とする日々です。妻は会社員だったので、家には私と娘の二人っきりでした。


休業期間が明けるまでに数か月となったある日、とうとう私は上司に「休業終了と同時に退職したい」ことを打ち明けました。


「なんとなく、そうなる気がしていました」と上司。仕事を辞めるって、こんなにあっけない作業なの?と思うばかりの手続きを経て、とうとう17年の4月、私は晴れてお茶屋としてデビューしたのです。会計知識もない。値段のつけ方もわからない。奨学金も完済していない。確定申告って何?そんな状態でした(決しておすすめできませんが、勢いは大事です)。


佳穂さんの音楽は、いま思えば常に、生活のどんな場面でも鳴っていました。「仕事辞めよう」と思ったあの瞬間にも。じわじわと佳穂さんの歌が、無視できない大きな力になって、内側に何かを溜め続けてくれたのだと思います。


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佳穂さんにはもう一つの恩があります。


母が癌の宣告を受け、自宅治療に切り替えたときのこと。確かその2日目か3日目だったと思うのですが、「家路」のDVDに収められた佳穂さんの歌とピアノの映像を、ベッドで寝る母と二人で観ました。「すごい子やね」と母は感銘を受けたように言いました。


ただそれだけなのですが…母と二人で音楽に浸ったのは、この時だけだったのではないかと思います。その翌日に母の体調は急変し、明くる日に逝きました。癌の宣告から2か月しか経っていませんでした。


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月日は巡ります。佳穂さんは、縁あって私の出店先に何度か来てくださり、お茶を連れて帰ってくれていました。そのたびに私は彼女に向って、一所懸命に伝えました。どんなにか感謝しているか。それまでの生活に、佳穂さんの歌に救われた場面がいくつあったか。


ある日、佳穂さんからメールが届きます。心臓がどきりと鳴りました。何しろ、自分のいちばん好きなシンガーソングライターからのコンタクトです(皆さんもご自身の「いちばん好き」に置き換えてみてください…)。いったい何の用だろう…。


それは、夏のライブ会場でお茶を販売しないかというお誘い。悩むわけがありません。私はすぐに「ぜひやらせてください」とお返事を出しました。その後しばらくして佳穂さんと電話で話をして、ライブにかける佳穂さんの気持ちを聴かせていただきました。


当日、私は3歳の娘を連れて大阪の心斎橋へ向かいました。娘もまた佳穂さんの歌が好きだったので。「そのいのち」という楽曲のリハーサルのときに娘は中に入れてもらって、いつも車で聴く大好きな歌の「生」を目の当たりに。娘は、ポカンとあっけにとられていました。


このとき、同じく会場で販売をしていた Snip! のお二人とも知り合いになり、やがてその縁は、昨年秋の台湾・鶯歌への旅に繋がります。


佳穂さんのおかげなんです。


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彼女は昨年に発売したアルバム『AINOU』の、CDを外したところにあるクレジットに「ギャラリーおかむら」と書いてくれていました。私の屋号は「にほんちゃギャラリーおかむら」なので、佳穂さんは間違えています。そういえばライブのMCのときにも、私のことをその名前で紹介してくれていました。


私はこの覚え違いが大好き。ライブのときを思い出すし、そしていちばん好きな歌い手が、屋号はさておき、自分のことを覚えてくれているのがとても嬉しいからです。


「佳穂さん、屋号間違えてますよ」とその後彼女に伝えました。


すると彼女は焦って「次にCDを刷るときに直します!!」と言ってくれましたが、私は直さなくていいと言いました。そのままがよかったのです。


佳穂さんはどんどんと活躍の場を広げて、今やそこらじゅうのリスナーを唸らせているようです。そりゃそうだ。佳穂さんだもん。ひとりのリーマンの人生を、突き動かしてくれた人なんだよ。


これまでも、これからも、佳穂さんを応援します。そして一緒に、与えられた命を駆け抜けるような気持ちで、ときどき止まったり振り返ったり、私も生活していこうと思うのです。


 生きているだけで君が好きさ

 明日は何を歌っているの


 はからいきゅねんいっけんどし

 うつつうだらんうってんだゆ


 生きているだけで君が好きさ

 どこに行っても君が好きさ


佳穂さんのこの言葉が、今日も私の支えです。


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中村佳穂 Nakamura Kaho

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