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  • 岡村 友章

小椋さんの新茶収穫 / 君ヶ畑(東近江市)



先週の水曜日のこと。


東近江市・君ヶ畑の小椋さんから、一本の電話が鳴った。「今週の土日に茶摘みをしますんで、よかったら見に来てください。土曜日は手摘みで、日曜は刈り茶です」


小椋武さんのことをあらためてご紹介しよう。君ヶ畑の集落は東近江市の山奥にある。お爺さんの開梱した茶畑を現在まで守り、おいしいお茶づくりのため細やかな畑の手入れを欠かさない。管理する茶畑はふたつあって、植わっているのは希少な在来種(種から育ったお茶のこと)。小椋さんのお茶について最も特徴的なのは、萎凋(いちょう)と呼ばれるチャレンジングな工程だ。


彼からのお誘いとあれば、風邪をひいて寝込んでいるのでない限り、行かない理由はない。都合のよかった土曜日を選び、手摘みをご一緒させていただくために出発した。


大山崎JCTから京滋バイパスと名神高速道路を通って八日市ICを出たら、あとは東に向かってまっすぐ進む。市街地から山に入った途端に空気が変わり、思わず車の窓を開けて大きく息を吸う。息を吸って吐くという、当たり前のことに後ろめたさがつきまとってきたこの一年、こんなちょっとしたことで気持ちが大きく入れ替わるのを感じる。


杉林の木漏れ日がちらちらと視界の端できらめいて、山のにおいがする。気持ちいい。近くを流れる御池川は透明で力強く、その音を聴くだけでも冷たさが肌に伝わるようだ。すぐそばまで山の迫る谷がほとんどだから空の見える面積は多くないけれど、息苦しさをまったく感じない。


気を抜いていると離合できないところで対向車が向かってくるから、いつも緊張するのがこのあたりの山道だ。


山形蓮さんと知り合いになり、それからこの地域との縁が結ばれた。もう何回来たのかわからないけれど、ここを訪ねることは単純な仕入れとは違う。このあたりに暮らしている人びとは、困難な時代にも知恵と体力で生きていこうとするたくましさに満ちている。それに触れることを、「便利」に囲まれて生活する自分がきっと必要としているのだと思う。


いろいろな思いにふけりながら運転しているうちに、小椋さんの家に着いた。もう早朝から手摘みが始まっていて、すでに一定の量のお茶が軒先で日光を浴び、室内にも広げられていた。



ここで改めて、小椋さんのお茶づくりの最大の特徴ともいえる萎凋について説明を。


現在、一般的な煎茶づくりだと、バリカンのような機械で刈った茶葉は加工場に直送される。さほど時間をおかずに、茶葉を蒸して、揉み、乾燥させ、最後に再製加工(仕上げ)を行ってから煎茶として販売される。


小椋さんのお茶は最初からやり方が違う。摘んだ茶葉は加工場に行くのではなく、まず自宅に持ち帰られる。短時間だけ日光にあてたら、次に風通しのよい板間に広げられ、蒸れないようにときどき撹拌しながら夜を過ごす。こうしてゆっくりと茶葉の水分を抜く過程で、爽やかな香気が自然に生成される。この加減はとても難しい。こうして得られる香りは「萎凋香(いちょうか)」と呼ばれる。この工程をふんだ煎茶は、流通しているものではほとんど残っていない。


強調しておきたいのは、萎凋香のあるお茶なら無条件によいわけではないということだ。現代、萎凋香は減点項目として評価されてきた場合も多かったが、近年はその良さを見直してプロモーションにつなげようという動きも各所でみられるようになった。しかしお茶のよさは萎凋香があるか無いかという単純な指標では図ることができず、栽培から仕上げまでの総合で見るべきだ。萎凋香のないお茶でも良いものはいくらでも挙げられる。


さて萎凋をやろうとする生産者は、ゆっくり寝ていられない。去年まで小椋さんは君ヶ畑から山を少し下りた政所にある共同工場を稼働させるレギュラーメンバーとして長年働いてきたから、夜間に茶葉の世話をしたあと、工場でよその茶葉も仕上げなければならなかった。今年から小椋さんは茶畑に対していっそうのエネルギーを注ぐようになり、毎度畑を案内して熱心に状況をご説明くださる。「お茶にとって一番の肥料は、親方が日々様子を見に来るときの足音やね」と以前に話してくださったけれど、今回はこんなふうに仰った。


「生産者にとっての一番の肥料は、興味関心をもって訪ねて来てくれる人の存在です」



ここは刈り茶(機械摘み)をするための畑で、本当にきれいに整えられている。畝に目がいってしまいがちだけど、かなり広めに間隔をとった畝間の整然とした様子もほれぼれとしてしまう。これだけ広さをとっていると、生えてくる草にとっても日当たりがよいから好都合だし、草取りが大変なはず。


小椋さんはここをしょっちゅう「お茶のご機嫌伺い」のために訪って、そして草が小さいうちに抜いてまわっている。「せっかくお茶にあげた肥料が、草にまわってしまってからでは勿体ないから」という。私事だけれども僕も妻と一緒に畑をしていて、ある程度伸びてからしか草刈りをしないので、こつこつと草を抜けるなんてすごいなと素直に思う。


この日、とても心を打たれたことがある。小椋さんは茶畑に出入りするとき、畑に向かって合掌し、そうして頭を下げられた。どんな気持ちが胸中にあるのだろう。小椋さんはそのことについて言葉にはしなかったし、あえて尋ねるのも何だか野暮な気がして、僕もそれにならって同じように頭を下げるばかりだった。自分はただならぬもの、そして思いに触れる機会に幸運にも巡り合っているのだと思う。



摘まれたお茶は少しずつ萎れ、緑色を深めていく。


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昼前から手摘みに参加することになった。


すでに早朝から4人の女性が励んでおられた。武さんの奥様、近隣の摘み手さん2人、そして林業組合の若い職員さんだった。年配のおばあちゃんがひとりおられたのだが、この方がよいしょと僕の摘んでいた樹の横に腰掛けて作業を始めたとき、僕はその手さばきを見てしまうことになった。


茶摘み以外の動作がすごくゆっくりなこのおばあちゃんだったが、摘む速度と正確さはたいへんなものだった。見とれてしまうような迷いのない手さばき。摘みながら次の一手がすでに決まっている。しかしあくまでも淡々と無表情に作業するその様子は、動物的でさえもある。たとえばカマキリやカエルが獲物を仕留めるときを思わせる、淡々とした一瞬の仕事のようだ。一体全体、どうすればこんなふうに作業ができるのだろう?小椋さんにそのことを話すと、「もう長年やってることやからねえ」と仰る。


みるみるうちに、茶の樹には古い葉っぱと枝が残るだけになっていく。


仕事の最中、女性たちのおしゃべりは終わるところを知らない。どんなにか些細な話題であっても、その話だけでいつまでも会話が途切れない。


この日は小椋さんのふたりのご子息も帰省しておられ、明日の茶摘みを一緒にするということだった。昼食を準備したり、茶摘みの合間に菓子やお茶を運んだりと、常に気にかけてくださってありがたい。茶摘みをする人のことを、小椋家が本当に大切にしていることがよくわかった。


「小椋さんのお茶」と僕はお客さんに説明をするが、実のところは経験がものをいうチームの連携プレーだ。そういうところに1日だけ行って「手伝う」だなんておこがましいにも程があるけれど、そうしなければ覗けない世界があるし、そのときに感じた気持ちはきっと販売の際に言葉になって出てくるはずだ。何より楽しい!


そして今日は日曜日。茶工場で立ち働いている山形さんから、小椋さんのお茶が香りよく出来上がりつつある様子が写真で届けられた。しばらくしたら最終的な仕上げを経て完成することだろう。


小椋さんをはじめとして、彼のお茶に携わるすべての人に感謝の気持ちが湧き起こる。

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