- 岡村友章
炎帝、奈良で茶をつくる。

神農。
中国古代神話の皇帝で、日に100の草を噛み薬効を確かめ、
毒にあたれば茶の葉により毒消しを行ったとされた人物。
炎を司るとされたので、炎帝とも呼ばれます。
伝説の帝に、会ってきました。
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奈良県山辺郡山添村。 少し前の記事でご紹介した「みとちゃ農園」の近所。
ここで茶工場を構えているのが、藤右衛門こと、阿部さん。
彼ははじめ、サラリーマンでした。
あることがきっかけで退職してからヒマラヤ、中国、インドシナ等々を旅し、
その途中、山岳民族の自宅で振る舞われた茶に感銘を覚えます。
それは、庭に自生している茶の樹を枝ごと折ってきて、
炎であぶり、葉をしごきとって、枝も一緒に煮出したものでした。
この原始的な茶の豊かな滋味、そして薬効の可能性が彼を突き動かし、
いまは彼自身が、原始の茶を生み出す茶師として活動しているのです。
彼のお茶は、「三年番茶」といいます。飲み方はとっても簡単。煮出すだけです。
僕の娘は8か月で、まだ離乳食も始まったばかりです。
この茶にはカフェインがほとんど含まれないので、すこし薄めて娘にも飲ませてみたのです。
すると、湯のみからゴクリゴクリと、100ccほど一気に飲み干してしまいました。
そんなに飲むと思っていなかったので、驚くと同時に、この茶の浸透度の高さを思い知りました。
殆ど透明で、体のどこにも引っかからず、ひとつひとつの細胞にしみ渡る感じ。
一切の蘊蓄をシャットアウトする、体で味わう茶。
その三年番茶がどのようにして出来るのか、阿部さんに伺いました。

これは、工場の奥に積まれた茶の樹。
それも、人が一切の手を加えることなく3年以上、自然のままに伸ばしたものです。
農薬はもちろんのこと、肥料も一切使いません。
これを、枝ごと折ってきます。
写真の茶は、「やまとみどり」という種。
奈良(大和)の茶は、かの弘法大師が中国より伝えたものが源流と考えられています。
この血を受け継いでいる奈良の在来茶樹から、すぐれたものを固定したのが、
「やまとみどり」です。
製茶は、冬季にしか行いません。なぜか?
茶が含有する成分は「陽」と「陰」に分類され、中でもカフェインは「陰」のものとされます。
陰性のカフェインは、体を冷やすとされます。
しかし冬の間、カフェインは葉から根に移行するのだそうです。
このときを見計らってつくった茶は、陽性。体を温める、滋養に満ちたものです。
さて折ってきた枝は、乾燥させ、切断します。
これを唐箕(とうみ)にかけ、葉と軸(枝)に分けます。

葉と軸を、炒ります。 焙煎には電気・ガスではなく、薪火の炎しか使いません。
電気、ガスというエネルギーは、他人からの搾取から生まれるものであって、
なるべく使いたくないという想いを持っておられます。
阿部さんは、ガスの青い炎を 「かなしい色」 と形容します。

葉と軸を別々に焙煎し、適切な具合に混合します。
工場には薪火による焙煎機がふたつあり、弟さんと共同で製造しています。
焙煎が済んだら、いざ出荷かと思いきや、そうではありません。
半年以上寝かせてから、再度焙煎して、ようやく「三年番茶」が完成です。
阿部さんは、世に出回る「三年番茶」のうち多くが、本来の条件を満たさないと言います。
次の3つが、そのポイント。
1 - 農薬も肥料も使わないこと。
「肥料は人の欲だ」と阿部さんは言います。
2 - 3年以上伸ばした枝を使うこと。
1年目、2年目、3年目と、それぞれの熟度の枝をまるごと使います。
3年目の枝葉には、花と実をつける力が備わっており、それを頂くのです。
3 - 薪火で焙煎すること。
搾取から生まれるエネルギーを消費しない。
また、薪火ならではの炎を感じる茶は、やはり薪火でなければ出来ません。

炎をあやつり最高の茶をつくる阿部さんは、炎帝そのもの。
自然に対する感覚、正しい暮らしを保っていく知恵、多方面にわたる知識と関心、そしてあふれるユーモア。
こんな人がいまの世にいるのだと知って、嬉しく思いました。
極端な話…もう彼の三年番茶さえあれば、
他のお茶はいらないのかもしれない、とまで思ってしまった僕です。
どこかでこのお茶をお出しする機会をまた作りたいと思います。
…阿部さんのこと、書ききれません。ブログにピッタリとおさまるスケールの人では、ありません。