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  • 岡村 友章

スーパーカブ



少し前まで、お茶屋をしながら朝日新聞の配達アルバイトをしていました。

午前2時に営業所へ行き、担当エリアの新聞をスーパーカブに積んだら、島本町内の団地に向かいます。島本町内で、朝日・日経・毎日をとっている方は、ひょっとしたら私が配達していたかもしれません。

カブに乗るのが楽しみでした。かなり使い古された1台をあてがわれましたがガタガタ言いながら動くのが面白く、冬になると寒くてなかなかエンジンがかかりません。それもどこか愛着を感じました。

カブはスクーターと違っていて、右手と右足でブレーキをかけます。そして左足のペダルを踏んで、自分でギアチェンジをしなければなりません。ニュートラルと1〜3速でした。大型のキャリアがあるのでたくさんの荷物を運ぶことが出来ます。

やがて体力的にイベント出店とのバランスが取れなくなり、新聞配達をやめました。


それでもカブのことをときどき思い出しては「欲しいなあ」と考えていましたが、自家用車があるので買うことはありませんでした。


そうしているうちに、コロナの三文字を耳にしない日はないという毎日がやってきます。イベントはほとんどキャンセルになり、3月末から5月いっぱいはほとんど外で販売することがありませんでした。

幸いにもオンラインストアはある程度堅調でした。嬉しかったのですが、何か物足らない。

それは、会って話すというごく当たり前の毎日の出来事。


こんなときだからこそ、私は会って話がしたいと考えました。それが与えてくれるささやかな喜びは、病気に感染するリスクと二者択一にされるべきではなく、できるだけ正確にリスクを把握して対処しながら主体的に動くことが大切ではないかと思います。

国や自治体からの通達を待ち、それにただ追随するだけがひとりの人間としてできることではありません。さもなければ不安や疑念が広がるばかり。怖いのはウイルスではなく、私たちの心に根付く恐怖で、それは不安を糧に大きくなるのです。


ともかくイベントがないから、必要とされる限りこちらから出向こうと思いました。私には店がありません。その小回りを最大限に活かすべきです。


今こそカブがあったなら…と考え、まずは地元のモーターサイクルショップへ。古いカブをメンテナンスして貸してくださるというので1週間だけ借り受け、配達を募集してみたところたくさんのお申し出を頂戴しました。


北摂と乙訓地域を一日かけて走りました。

それはとても爽快で、身の丈にあった動き方でした。マスク越しであっても、改めて人と話をする喜びを大いに感じました。配達料として100円だけ頂戴しますが、送料に比べたらとても安いのでお客さまにも負担が少ない。知らない町の知らない道路をゆっくり走ります。見えなかった景色が見える。出発点と目的地を結ぶ線に意味が生まれました。どこを通ってみようかなと考える余裕がありました。

この働き方は好きだ、と直感しました。送るより、行けるなら会いに行こう。

借りたカブを返却した私は改めてお店を訪ねて新車を購入したいことを伝えました。色はベージュ。これは後付けの理由ですが、亡き母なら絶対に選んでいそうなカラーリングです。そして後ろに搭載するぞと決めていた茶箱との相性もよさそうでした。


数日後、胸を張ってお店に立っていた私の新しいパートナーと対面。もう本当に嬉しかった。物欲のそんなにない私ですが、このお買い物は本当に心が躍りました。

新聞配達のカブと違って、コンピューター制御されており冬でもエンジンがすぐかかるのだそうです。そしてキックスタートする必要がなく、ボタンひとつのセルスタート。3速ではなく4速。ぜんぜん違っていてびっくりです。


このカブとの付き合いはまだほんの数日ですが、走っていると思っていたよりたくさんのカブに出会います。ぼろぼろで、商売道具を山ほどロープでくくりつけたカブの背中を、京都市内で見かけました。


ねえ、ぼくらもあんなふうになるまで一緒にがんばろうじゃないかと、まだ新しい愛車に心で声をかけます。さながら、修行の旅に出る魔女のキキがまたがった、かのデッキブラシのようです。


京都からの帰り、買い物で立ち寄ったホームセンターの駐車場で、ちょっといかついおっちゃんに声をかけられました。

「懐かしいもんを載せてはりますやんか。」

「これですか。きれいな茶箱でしょ。僕、大阪のお茶屋でして、こうしてバイクに載せて配達に使っとるんです。」

「私、山城の育ちでな。お茶をつくっとる人がまわりにようけおったから、茶箱もよう見ましたわ。そんで大阪言うたらな、私、定年するまでディアモール大阪の電気設備を管理する仕事をしてましてん。大阪は水がまずいと聞いてましたけど、飲んでみたら京都よりおいしかった。びっくりしましたわ」

「浄化設備がええのんでしょうかね。」

「お茶はええですやんか。ほら、コロナに効くでしょ。カテキンが。私もコーヒーよりお茶ですな。」

「コロナに効くゆうのは、法律上あんまり言うたらあかんのですよ(笑)」

「昔はおおらかやったよ。ナショナルがカテキンいりのマスクいうのを売っとった。それ10年ぐらい使ってましたわ。中のフィルターだけ取り替えますねん。」

「え、ナショナルがマスクですか。いまはシャープが作ってますけど、そんなことしとったんですね」

「そう。昔は家電もよかったしな。…ま、お話できてよかったですわ。がんばってね!」

「はい、おっちゃんもお元気で!」

それで私は、やっぱりカブを迎えることができてよかったと、心から思ったのでした。カブがなかったら話さなかったかもしれない人と何気なくお話ができたからです。


「アフターコロナ」という言葉がよく聞かれるようになりましたが、私は何もかもが新しい時代が来るとは思っていません。新型コロナウイルスは、人の不安を煽りはしましたが、一方で以前から大事にすべきであった物事の変わらぬ価値を、より感じやすくしました。


私たちは何を脱ぎ捨てていいのか。そして何を肌身離さず残すべきか。各々にとってあるべき引き算の数式が、今は多くの人の掌にあるのではないかと思います。


そんなことを、カブに乗って考えました。通算走行距離、まだ70km。僕たちの仕事は始まったばかり。

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