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  • 岡村 友章

ローカルを翻訳する目利きとして

◀この記事は、毎月20日に配信しているメールマガジン「棱鏡」第7号に掲載した文章と同一です▶



営農者のいない都市であっても、ひとたびあたりを歩けばすぐに「産直」の商品を見つけられる時代です。むしろ、農業地帯よりも都市のほうが商品ラインナップは豊かであるかもしれません。


ECサイトが普及し、生産者から直接ものを買うことが容易にもなりました。遠く離れた他府県の農産物を買うことはたやすく、何度か携帯電話をタップするだけ。このことによって救われた生産者は枚挙にいとまがないかもしれません。


かつてないほどに都市の買い手が「ローカル」と繋がりやすい時代を迎えているなか、私はいま自分自身が行っている「買い手とローカルの間に入ること」の役割が、とても重要になっていると感じています。


生産者が買い手との距離を縮め直接つながること、それ自体は素晴らしいと思います。買い手としても安心感を得られる買い物のあり方です。


しかし、ことお茶に関しては、そればかりでは長期的に見てよくないこともあるのではないか、というのが私の考え。もちろん、「生産者から直接買われてしまっては商売あがったりだ」と思っているのではありません。


たとえば野菜や果実だと、栽培して収穫すれば、加工する場合をのぞきそのままの形で出荷するのが一般的ですよね。収穫した茶葉をそのまま出荷することがないのは、お茶の特徴的な点です。お茶は栽培し、いくつかの段階の加工(製茶)を経て、はじめて販売されます。栽培はもちろんのこと、製茶工程においても多種多様な手法が実践されています。「煎茶」「焙じ茶」などとたくさんのカテゴリーがあることからもお分かりいただけるでしょう。


もしも、ただ「無農薬のお茶がほしい」というだけならば、買うのに苦労はしません。「無農薬 日本茶」とさえ検索すれば、たちどころにそれを生産者から買うことができるウェブサイトをいくつも見つけられるでしょう。


そんなとき買い手と生産者の間に入ります。私は茶農家を横断していろいろなお茶を実際に飲みながら、おいしいものを選んでいます。生産者の気持ち、そして仕上がったお茶が無言に語る物語を、皆さんに伝わるように翻訳してもいます。


たとえば、あるお茶を「おいしい」と思えるのはなぜでしょうか。そこにはいくつもの要素が絡み合っています。多様な栽培条件や製茶工程だけではなく、その時現場でお茶と向き合っている生産者の気持ちやバックグラウンドもまた、色濃くお茶の味わいに影響していると私は考えています。おいしさとその理由にきちんと因果関係があることを具体的に説明したいのです。


作っている農家当人にとってはごく当たり前であっても、飲む方からすれば農家のひとつひとつの作業が「なるほど」の連続です。私の役割は、その意味あるひとつひとつを伝わるように翻訳し、皆さんに受け止めていただくことでもあります。そうすることで、むしろそのお茶に対する愛着は増すのではないでしょうか。


洋楽のCDを購入するとついてくるライナーノーツのようなものです。愛着をこめて書かれたライナーノーツは、その音楽体験をより豊かなものにしてくれますよね。


さて、間に入る人の役割は翻訳だけではありません。流通するお茶をきちんと品定めして、きちんとおいしいものが皆さんの手元に届くようにする「弁」としての働きもあります。


「ローカル」や「産直」といった言葉はときに、商品そのものの質がいかほどなのかという点を見えにくくしてしまいます。少し厳しい言い方かもしれませんが、こうした表現はそれに甘えさせてもらうことを許してくれるがために、他と比較したうえでどのような特徴があるのかを、販売者として見落とし続ける危うさがあります。ましてやその商品を専門としている場合には、客観的な品質をきちんと言葉にできることがとても重要です。


そこで、私のような人間が間に入ります。そのときまでに積み重ねられた感覚をたよりに、お茶の良し悪しを見ます。他と比較してどのような点が優れているか。どうすればおいしく飲めるか。それらをきちんと農家のもとに還元しながら、いいと思うものを皆さんに紹介しています。たとえ短期的には問題なく売れるとしても、耳障りのよい言葉だけでお茶を並べることをしてしまっては、長い目で見て最終的に割りを食うのは農家です。


ただ、「いいお茶」に絶対の指標はないと考えています。だから多分に主観的な評価が入り交じるのですが、それはそれで販売者の個性と言ってもいいのではないでしょうか。もちろん、ある程度客観的な評価ができることが前提です。


こうすることで、出回るお茶の質を一定以上に保ち、なおかつ販売者ごとの個性が反映された多様性も生きてくるはずです。


だから、生産者ではない日本茶専門の販売者は、淡々とお茶を見る目利きとしての役目と、ぐっと間近で見なければわからないことも含めて翻訳する紹介者としての役目の、いずれもあるのだと思います。


細かいことはさておき「ああおいしいな」とお客さんに思ってもらえるように、私は細かいことを気にし続けます。そういうことが、たぶん好きなのです。

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