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  • 岡村 友章

荒仕事の現場作業員



きっかけは何でも身近なところにあるという話。


畑を家の近くにある集落で借りています。かなり広くて、刈った草を積んで堆肥にするスペースを確保したり、道具や肥料類が雨をしのぎ、人もなかで座れる東屋を建てたりしても、まだまだ土が有り余っています。


ちょっとしたものづくりをするときには、近所に暮らしている父親が必ずといってよいほどに力を貸してくれます。私の父は自営業の電気工事士で、何年かの勤めを経て独立し、今では工務店から作業を請け負って主に住宅建設に携わっています。第1種電気工事士という資格を持っているので、かつては大型商業施設の建築などの仕事も請け負ったそうです。


私が実家に住んでまだ携帯電話がそんなに普及していなかったころ、固定電話に出ると「あ、社長ですか?」とよく言われたものです。「いえ、父は仕事に出ていますよ」と答え、そんなやり取りが日常でした。もちろん個人事業主なので社長ではないのですが、事業主のことを取引先が社長と呼ぶのはよくあることです。私は韓国の土産屋でしか言われたことがありません。「よっ、社長!最高の海苔どう?」(買いました)


皆さんは、電気工事士ってどんな仕事かご存じですか?住宅をイメージしていただくと簡単です。電気を住宅内に引き込み、分電盤を経由し、壁の向こうにびっしりと電線を巡らせる仕事です。照明器具も取り付けます。さながら現代の家を人の身体に例えれば、血管をつくっているのが私の父という感じ。


仕事用のバンにはびっしり仕事道具を詰め込みつつも、几帳面な性格なので何がどこにあるのかとてもわかりやすい。一見ドチャっとしているように見えて、あらゆるものの整理整頓をキレイにこなすのは家でも仕事でも同じでした。


そんな父、ここ数日は畑で堆肥を囲う枠や、東屋を一緒につくってくれていました。電気工事士とはいっても電気のことばかりやるわけではなく、実際の現場ではちょっとした大工仕事のようなことなど広範にやっているので、何でも出来る人です。


せっかくだからといって、インパクトドライバーなど畑の工作で使える道具一式をプレゼントしてくれました(すごく嬉しい!)。それをえっちらおっちら扱いつつ、父の細かい技術指導のもとちょっとずつ小屋づくりを進めます。


さすがはプロ。私は「屋根さえできればええから」と適当に進めようとするのを修正しながら、どこまでも細部にこだわりながらも、しかし不十分な道具と資材にぶつくさ言いながら進めています。


私があまりにも水平や長さに適当なので父は呆れていました。「おれの仕事は継がなくてええからな」と学生のとき私にかけた言葉には、「好きなことをするべし」というメッセージとともに、「おまえは適当すぎて職人には向かん」という意味が込められていたのだと今更になって思うのです。


どうにかこうにか波板を最後に取り付けて、しっかりとガタつきのない小屋が夕方前には出来上がっていました。斜めの補強材を三方に渡したとき、とたんに建物のぐらつきが止まったのは驚きです。

菓子と番茶を最後に楽しみ、父は帰っていきました。

夜、一日の礼をしたためて父にメール。

そのなかで、父は「自分は職人ではなく荒仕事の現場作業員」と言いました。「あんなに地道に細かい仕事が出来るのだから、職人やないの」と私が言っても納得しません。父は職人を「特殊技能があり工芸品を作る人たち」と認識しているのです。「それは作家やないの」と言ってもやはり納得しません。

自分を職人だと言うと職人に失礼だと思う、と父は言います。「自分を見下げて言うのではなく、誇りある自営業者のはしくれ。現場作業員」と。格好いいなと私は思うのです。

「荒仕事の現場作業員」は、畑で道具の扱い方の話をしてくれました。「新しい仕事道具を買うてきたときにはな、神棚に向けて手で持ち上げて祈るねん。新しい道具を買えたことをうれしく感じて、無事故でまた仕事が出来ますようにと祈ってるんや」。それって電気工事士の皆がやる儀式みたいなものなの、と私が聞くと、「いや、誰もこんなことは…」と父。

そうした気持ちの持ちようで自分を育ててきてくれたのだなと改めて目の当たりにして、なんだか感激してしまうやり取りでした。

ふと取引のある茶農家の方々を思いました。どうしてこういう人たちに惹かれるのだろうかと以前から思っていたのですが、どうやら父親の仕事ぶりと重なるものを感じているのが理由のひとつらしいのです。

名を売ることに没頭せず、日々の地味な仕事をきっちり進めている人たち。宣伝もあまりせず、人知れない仕事ばかりをやっている人たち。その姿に、子どものころから父親に対して感じていた敬意のようなものを重ねているのです。たぶん。

身近なところに種があります。私が電気工事士を目指すことはありませんでしたが、父の仕事ぶりを自らの仕事に無意識的に反映させています。頻繁にやり取りのある茶農家の方々に対してとくに感じている共感は、父の仕事ぶりに端を発しているのだとやっと気が付いて、なんだか嬉しく思っています。

それを父に伝えようと頑張りましたが、「チョットわからん」と言っていました。

ここまで書いて私は、父から貰ったばかりのインパクトドライバーになんの祈りも捧げず、さっさと充電して倉庫に入れてしまったことに思い当たりました。

父のようにはなれなさそうです。




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